The Days of
SCREAMIN' JAY HAWKINS

"I came in this world black, naked and ugly. And no matter how much I accumulate here, it's a short journey.
I will go out of this world, black naked and ugly. So I enjoy life.
And I like to see when people are happy...And if I can, since I am in this business, I like to make people forget some of their problems. I like to make 'em Laugh"


1929
18 Jul.
the Birth

Jalacy J. Hawkins、後の Screamin' Jay Hawkins は、1929 年 7 月18日に Ohio 州 Cleveland で数人(諸説あって S.J.H 自身は 7人と主張)の子供たちのうちの一人として生まれています。
ただ、彼によれば、母は一人だが、父の方は「何人もいた」のだそうです。
母の相手は様々で(しかも母が言うには、その中でも最低で、一番「汚らしい」どーしょうもないのが Jalacy の父親だったと!)、ある子供は中国人の血が入り、またある子はまるで白人だった、と。さらに、どこまで本当か、と言うよりヤツのことだからかなり眉ツバだとは思うんですが、自分の父はアラビアから来た人間だ、と主張しております(どうやら姉から聞いた、っちゅうことらしいですが)。
その母は、なにやら遺産を相続したらしくお金には困っていなかった(これを真に受けていいものかどうか?)と彼は語っております。
Washington D.C.には Hawkins 一族がかなりいて、みな一様に他人には言えないよな「悪い事(?)をして」稼いでたらしいのですが、彼はそれがどんなことなのかは「まったく知らない」のだそうですよ(って、こんな風に太字にすると、いかにも「またまたあ、しらばっくれやがってえ」っちゅー感じになっていいでしょ?)。
さて、その Washington D.C. にいて Screamin' Jay Hawkins を身ごもっていた母ですが、ワケあって(詳しくは語られておりませぬ)親戚一同から鞭打たれ、足蹴にされ、石もて追われるようにして Cleveland 行きのバスに蹴り込まれ(!)、 Washington D.C. から追放されたのだ、と。
う〜ん、ドラマチックですねえ。でも、なんだかこの、母の受難の話って、マグダラのマリアからパクってねえか?

で、そのバスが Cleveland に滑り込むと同時に母は産気づき、彼を産み落としたんだとか。
んまあ〜、ドラマチックやわあ。本当だったらスゴいわねん。
いっちゃん近い福祉事務所に担ぎ込まれての出産だったらしいのですが、そこで母はブラックフット族の裕福なインディアンに話をつけ、彼が 1歳半になるまで育ててくれるよーに頼んだのだそーでございます(モチロンそれは本人談でございまして、大半の資料は「生まれてすぐ、母に捨てられて、孤児院に収容された」としておりますねえ。そして生後 18ヶ月の彼を孤児院から引き取ってくれたのが、前述の Blackfoot インディアンの養母だ、と)
彼のインディアンの養母話を信じれば、彼は生きて行く術を、食べ物も毛布も無い森の中で学んだんだって。どの植物が喰えるのか、また治療に使える薬草の見分け方、自分で直す治療法など、それを教えてくれたブラックフット・インディアンの養母は Screamin' Jay Hawkins に言わせると、アフリカで言えば「 Witch Doctor 」、New Orleans で言えば(?)「 Voodoo Priestess 」なんだそうでございます。

え?本当かって?まあ、ふつうなら、「本人が言ってるんだからマチガイ無い!」となるんでしょーが、なにせヤツのこってすからねえ。

1933
Started Piano!
Really?

1933年にはピアノへの興味を見せ始め、やがて譜面を読んだり、作曲なども学び始めた。なんて言われてますが、それってヤツがまだ 4歳じゃん!本当かなあ?
まだ少年のうちから Cleveland のナイト・スポットでピアノを弾いてチップを稼ぐよーになったそうですが、彼はスピリチュアルズ・シンガーの Paul Robeson や 20世紀初頭に活躍したイタリアのオペラ歌手 Enrico Caruso を崇拝してて、そのせいか後に the Ohio Conservatoire of Music(オハイオ音楽学校)でピアノと「声楽」を学んでおります。
この時期に彼の興味を惹いた音楽ってのを自分で挙げてて、それはミュージカル『Showboat』からの「Ol' Man River」、同じくポーギィとベスから「Summertime」、そして前述の Paul Robeson の「My Mother's Eyes」、Louis Jordan の「Caldonia」、Faye Adams の「Shake A Hand」、Erskine Hawkins の「After Hours」、 Sonny Thompson の「Long Gone」・・・ などなどだそうでございます。
さらにアーティスト名で言うと Tiny Bradshaw、Arnette Cobb、Amos Milburn、Gene Ammons、Sonny Stitt(一部の資料では Sonny Stift となってますが、その名前が出てくるのはその資料だけなので、おそらく Sonny Stitt が正しいものと思われます)、Charlie Parker、Coleman Hawkins、Shirley and Lee、Nat King Cole、Charles Brown、Fats Domino、そして深く関わることになる Tiny Grimes(後述)。
彼自身の言によれば、ステージでは、ある時はピアノ、またある時はサックスを演奏し、さらにそれらと歌もやったし、全部やったこともあった。ですと。
信ずるモノはすくわれる・・・ アシモトを?

しかし、1976年に彼が Norbert Hess(『Screamin' the Blues』のマスターリング&オーヴァー・ダブのエンジニアでもある Screamin' Jay Hawkins 研究者?)に語ったところによれば、Screamin' Jay Hawkins 自身の夢はやはり(?)オペラだったようです。
でも、その言い草がまた「でもショーバイとしちゃあどーだかな?だってオペラじゃチャート・インしないし」だって。

1943
Boxer!

1943年にはボクシングを始めています。彼が14才の時でした。
どうやらこの道にも才能があるらしく(?)後からまた出てきますが、これがなかなかいいところまで行ってるんですよ。ヒョっとしてそのまま進んでたら・・・ なんて、歴史に「もし」は無いですからねえ。
やはりこの道で正解だったのでしょか?

1944
Into the ARMY?

Screamin' Jay Hawkins は学校をドロップ・アウトし、アメリカ軍に属する太平洋域の慰問サービス部隊に入隊しています。当時はまだ大戦中で、本来なら軍の受付け年齢が15才からとなっていたのに、ガタイが大きくておとなびた彼をまだ14才であっても受け入れていたんでしょか?
その部隊ではサックスを始めてます。
その後の数年に関しては多少異説もありますが、一応、大戦終了後も慰問関係のスペシャル・サーヴィスに所属してドイツ、英国、日本、朝鮮をまわってたらしいのですが、彼自身は太平洋戦争当時、空挺兵として戦闘に参加していたと主張してるようでございます。
New York Times の Karen Schoemer に語ったところによると、「サイパンで捕虜になったんだよ。ワシらが降下したとこがなんと敵どものド真ん中だったのさ。パラシュートのストラップを外すヒマもなく捕まっちまった。一発も撃ってねえのにさ。そのまま18ヶ月も救助されるのを待ったよ」。
・・・ ま、あらためて申し上げるまでもございませんが、この件はありとあらゆる資料が「否定」しております。「ホラ」だ、ってね。

1947
Into the Air Force

3年間の陸軍随行のあと、次に空軍に移っています。そのヘンは詳しくないのでよく判らないのですが、アメリカじゃあ、慰問部隊は本来の軍属じゃないのでそこら、陸軍ならずっと陸軍、空軍なら最期まで空軍、というような「所属システム」とは「かなり」違うみたいです。
この年、ボクシングの the Cleveland Golden Glove アマチュア大会で勝利いたしました。

1949年には、こんどはまたなんでか Alaska 州のミドル級チャンピオンを賭けて Billy McCan と対戦し「勝利」しております。

1950
Named "Screamin'"

これも彼自身が語ったところによると、この年、West Virginia 州の Charleston に近い Nitro と呼ばれるところに行った際に、そこのバーで、そりゃもう太りに太った、「並みの象ならそいつと並んだら鉛筆みたいに細く見える( by S.J.H. )」よな超デブったオンナがいて、スコッチの Black & White とバーボンの Jack Daniels で「ごキゲン」だったらしいんですが、なんでか彼を見たとたん、「 Scream, Baby, Scream! 」とワメイたんだって。
本人曰く、「それを聞いた時、思ったんだよ。ちょうど芸名を考えてたとこじゃん?って。コイツはイケる!ってね。これがワシの名前の由来じゃよ」・・・ いえいえ、本人がそー言ってるんであって事実かどうかは判りません(って、ふつうなら本人の証言が最重要視されるんでしょが、こと Screamin' Jay Hawkins に関しちゃあ、そんな「甘い(?)」態度では真相に辿り付けるかどうかアヤしい、と思わせるあたりが彼の「人徳」でございますねえ)。

1951
Joined to
Tiny Grimes' Band

この年になると Screamin' Jay Hawkins は Tiny Grimes(一応ジャズ・ギタリストに分類されてますが、一部では Rock'n'Roll の始祖、と言う意見もあります。Atlantic & Gotham Recording Artist。本名 Lloyd Grimes は1917年の 7月 7日、Virginia の東岸、Chesapeake 湾が大西洋に広がる、James 川の河口の北側にある街 Newport News で生まれました。最初はドラムとピアノをやっていましたが後にギターに転向しています。1937年から New York に出て Slam Stewart─ 1914年 9月21日、New Jersey 州 Englewood 生まれ。1940年代に活躍したジャズ・ベーシストだが、最初はヴァイオリンでスタート。Boston Conservatory 出身のエリート。コントラバスの弓弾きとハミングを合わせる奏法が特徴─や Slim Gaillard─1916年 1月 4日、Detroit 生まれ、とされるが、本人は 1月 1日、Cuba の Santa Clara 生まれ、と主張しています。ボクサーやら運転手などの仕事を経てNew York に移り、そこで Slam Stewart と組んでギターと歌を担当するようになる。─と一緒に仕事をするようになっています。特に Slam Stewart とは、共に Art Tatum のバックに参加しました。1940年代中頃からはいくつかのバンドを率いて、それには Charlie Parker などのアーティストも参加していたようです。 1950年代に入ってすぐ、この Screamin' Jay Hawkins も参加していた Tiny Grime's Rockin' Highlanders を結成しました。1980年代までは活動を続けていましたが、1989年の 3月 4日に New York で死亡しています)のバンドで、ミュージシャン兼バンド・リーダーたる Tiny Grimes の専属運転手として仕事を得ました。ここでの彼のパートはヴォーカルとサックス、そしてキーボードです。
彼が言うには「ワシは Tiny の運転手で、ボデイ・ガードで、犬の散歩係で、ピアノ奏者で、ブルース・シンガーだった。こんだけやって週に 30ドルだぞ!スコットランドのキルトをはいて、胸にはおっぱいのかわり(?)に小さなミルク缶をふたつぶら下げてMama He Treats Your Daughter Mean を歌ってる間そいつはハネまわってるってワケさ。Ruth Brown が見に来てて、あたしが歌うよりいいじゃない!って言ってたよ」・・・ ま、これもご本人の「おコトバ」ですからどこまで本当かは「?」なのでございますが。
ただし、Tiny Grimes ご自身は、どうやらこの若いヴォーカリストが出てきちゃうと客の目がみんなそっちに行っちゃうのに気付きはじめていたようで・・・

(他にも『The Story of Soul Music (1984)』などの著作もある) Gerry Hirshey の『Nowhere to Run 』では、Screamin' Jay Hawkins について、彼自身はそれほどジャズも Tiny のクルマ(その中で眠った夜も幾度か?)だって好きってワケじゃなく、本当にやりたかったのは「新しい Post-War ブルース」だったようだ、と述べています。

1952
Off the Air Force

Screamin' Jay Hawkins は朝鮮半島でのアメリカ空軍基地の慰問を最後に演芸部隊(?)から足を洗ったようです(つーか、まだやってたの?てなもんですが)。
「ワシは二つの戦争(これは W.W.Iと W.W.IIっちゅー意味じゃなく、W.W.IIと朝鮮戦争ね)を通り抜けて来たんじゃ。カラダじゅうクロスワード・パズルのマス目並みのキズだらけさ。ナイフ傷に爆弾でやられ弾丸でやられ、捕虜になってた日本軍の収容所じゃ、そこの大佐に真っ二つにされかけたしのう」
いやはやウソは罪だがホラは違うなんて誰が言ったんだ?

ま、それはともかく、彼はこの年、Gotham Records に始めてのレコーディングを Tiny Grimes & The Rockin' Highlanders として経験しております。
Why Did( alt. Do) You Waste My Time? 」( Gotham 295。78回転 SP )。そしてカップリング曲で ヴォーカル無しのナンバー、Screamin' Jay Hawkins がピアノを弾いていると思われる「Coronation Jump (Tiny's Jump) 」(異説もあって The Carnation Hop )は Blue Moon 6008(CD)、「No Hug, No Kiss 」 Collectables『Tiny Grimes compilation 1986』で(たぶん)初めて世に出た・・・ これらの吹き込みの正確な日付は特定されていませんが、おそらく1952年中であることはマチガイ無いようです。ただし、 Gotham 295 のレーベルのプリント上がりは1953年の 5月18日だったようですが(つまりリリースは 1953でしょ)。
この年、 Tiny Grimes も Atlantic Records に吹き込んでるんですが、その際にバッキングを務めた Screamin' Jay Hawkins に、その出来が良かったらお前にも吹き込ませてやる、と約束していたようです。そしてその結果が・・・
1953年1月12日、New York、Atlantic Records での Screamin' Jay Hawkins のレコーディング・セッションというワケです。この時もバックはとーぜん Tiny Grimes & His Rockin' Highlanders でございます。
Screamin' The Blues( part 1) 」( unissued A-986-A )
Screamin' The Blues( part 2) 」( unissued A-986-B )
My Dream 」( unissued A-987 )
3曲とも unissued ですよね?何故か?
この時 Atlantic のチーフだった Ahmet Ertegun は Screamin' Jay Hawkins の耳障りなしわがれ声を、もっと滑らかな、当時の主流であったポップス系の発声に改めさせようとしたようです。Fats Domino のように歌え!ってワケですね。
テイクの途中で 5回も連続でストップされてアタマにきた Screamin' Jay Hawkins は Ahmet Ertegun を 6発殴り(!)、かくしてこれらの録音は永久に世に出ることはなくなったのだそうでございますよ。

ところで、ボクサーが試合以外のところでパンチを奮ったらそりゃあ凶器ですよね?
1953年当時のアメリカの刑法には詳しくないので、まあ、なんとも言えないけど、それが犯罪として法規に触れないのか?いや、それ以前に傷害事件として Ahmet Ertegun が彼を告訴するハズではないのか?さらに、6発殴る、ってのが変でしょ。「かっ」と来て殴ったんなら、元ボクサーのパンチじゃ、一発で Ahmet Ertegun は昇天してたハズで、彼が言う「ヤツの口の中にパンチを六発見舞ってやった」なんてのは現実には「ありえない」でしょ。などなど、こー考えてくると、どーも、これもお馴染みの「ホラ」じゃねえのか?ってえギモンがフツフツと・・・

この事件を機に Tiny Grimes のもとを去った彼は、これ以降、イロイロなバンドを渡り歩いたようですが、ケッサクなのは、ちゃんと(?) Fats Domino のバンドにもいたことがあるんですよ(!)。ただ、そこでは金ピカに豹皮をまとった彼の方がファッツより目立つためクビになったそーです。そりゃそーだ・・・

1953 May
Solo Musician

この年の 5月には Philadelphia の Powelton Cafe で短期間ながら Gotham Records に所属するサックス・プレイヤーの Jimmy Sparrow と仕事をし、同様に James Moody、Arnett Cobb、Bill Doggett それに Lynn Hope などのテナー奏者とも仕事をしています(うくく、このヘンの名前を出しちゃうとウズきそな方があちこちに・・・ )。
しかし、Screamin' Jay Hawkins はそのしわがれ声のバリトン、という面であるイミ先達でもある Wynonie Harris から、ソロとしてやっていくべきだ、と助言されたようで、New York の Harlem にあった Small's Paradise で初の、そして続いては New Jersey 州 Atlantic City でもソロでのギグを行っています。
この時期の彼は週1500ドルとスーツ 3着、なんてえギャラ契約だったそーで、ともかく「カラフル」ないでたちだったそうですが、まだ「邪教モード」は入っておりません。

1953 Sep.
Recorded at
TIMELY RECORDS

この年の 9月には New York で Timely Records に録音をしていますが、ギターで Mickey Baker が参加してます。
Please Try To Understand 」( Timely 1005 ) 513-T
Not Anymore 」( Timely 1004 ) 514-T
I Found My Way To Wine 」( Timely 1005 ) 515-T
Baptize Me In Wine 」( Timely 1004 ) 516-T
(いずれも 78回転 SP)

1953 Nov.

1953年11月には
Rock The House 」( Saxophonograph -302 )を録音。

1954

Baptize Me In Wine 」リリース。ここに Screamin' Jay Hawkins のソロとしてのキャリアがスタートしたワケでございますね。また Stan Pat( Herb Slotkinが1953年末に始めた Philly's Grand label の A&Rマン)のマネージメントを受けることに。

1955 Jan.10
at New York

1955年1月10日、Mercury Records のために New York でレコーディング・セッション。これはそのまま『SPELLBOUND 1955-1974 』( Bear Family Records BCD 15530 )に収録されております。
[accompanists─Mickey Baker: guitar/ Albert Lucas: bass/ David 'Panama' Francis: drums/ Ernest Hayes: piano/ Sam 'The Man' Taylor: tenor sax/ Big Al Sears: alto sax/ UNKNOWN: baritone sax/ Leroy Kirkland: leader]
In My Front Room 」 YW-11102-8 (これはケッキョク Mercury からは出ていません)
This Is All 」( Mercury 70549 ) YW-11103-7 (この曲は Leroy Kirkland との共作です)
What That Is 」 YW-11104-11 (これも Mercury unissued )
( She Put The ) Wammee( On Me )」( Mercury 70549 Leroy Kirkland との共作 ) YW-11105-9


1955 May 11

1955年 5月11日、4ヶ月後、ふたたび Mercury Records のために New York でレコーディング・セッション(あ、でも、今回は子会社の Wing のほーですけど)。
[accompanists─Mickey Baker: guitar/ Albert Lucas: bass/ David 'Panama' Francis: drums/ Ernest Hayes: piano/ Sam 'The Man' Taylor: tenor sax/ Big Al Sears: alto sax/ UNKNOWN: baritone sax/ Leroy Kirkland: leader]
You're All Of My Life To Me 」 Wing 90005 YW-11563-13 W 110
Well I Tried 」 Wing 90005 YW-11564-7 W 111
Even Though 」 Wing 90055 YW-11565-4 W 112( Evelyn / Leroy Kirkland の共作)
Talk About Me 」 Wing 90055 YW-11566-7 W 113( Leroy Kirkland との共作)
この 4曲も『SPELLBOUND 1955-1974 』( Bear Family Records BCD 15530 )に収録されています。

ところで、Stan Pat のマネージメントを受けることになった、その縁からでは?と思うんですが、Herb Slotkin に Screamin' Jay Hawkins から働きかけがあって、もし興味があるなら、ちょっと聴いてみて欲しい、良かったらレコーディングさせてくれ、とゆう電話が来たらしいのです。そこで Screamin' Jay Hawkins の仕事してたクラブで会合が実現。その結果が

1955 Nov.
Missed Spell

11月のはじめ、Philadelphia の Reco-Art Studio で Grand Records のためのレコーディング・セッションとなったのでございます。
またこのスタジオは偶然にも Gotham も録音に使用していたようですよ。
Take Me Back 」( Grand 135 ) 4235
I Is 」( Grand 135 ) 4236
I Put A Spell On You 」( unissued ! )
$10'000 Lincoln Continental 」( unissued )
Pauline 」( unissued )

この時は 5曲がレコーディングされています。しかし、そのうちでリリースされたのは「Take Me Back / I Is 」の 2曲だけでした。つまり、ここで録音されたI Put A Spell On You はいまだ世に出ていないのです。
この Grand Records に吹き込まれた「I Put A Spell On You ( B面は$10'000 Lincoln Continental となるハズだった)」こそが、彼の栄光(?)の出発点と言えるものなのですが、ケッキョク我々が耳にすることが出来る音源としては、この直後に Columbia 傘下にあった Okeh に再吹き込みをした方なのです。
この最初の「マボロシの」I Put A Spell On You は(本人曰く)「甘〜いラヴ・ソング」だったそうでございますが、Okeh での再吹き込みでは「あの」唸り声やらリキんだヴォーカルを「採用」し、それが良かったのか「ハジケ」ちゃいました。

ところで 1983年に Radio London の Stuart Colman によるインタビューでは、その最初のI put a spell on you は Johnny Ace か Roy Hamilton がいかにも歌いそうな ballad だった、とゆうことですが、ま、どこまで本当かは「?」。
さらに、「いやあ、それ聴かせてやれなくて悪いなあ、イギリスには持って来てるんだよ。ホテルに置いてきちゃったもんなあ」なんて、またまたホラをぶちかましております。

ただ気になるのは、そのインタビューじゃ「 8曲入れた」って言ってるんですよ。でも、続いてその時の曲を列挙しかけてるんですが、ケッキョク上の 5曲の中から「Pauline 」以外の 4曲を挙げたっきりで「とか」って感じのまま「茶を濁してる」んですね。したがって、ほんとうに 8曲入れたんだかこれまた疑問でございます。

1955 Dec.12
Contract with Okeh

1955年12月12日、New York の Apollo シアターとの契約を終えた Screamin' Jay Hawkins は Philadelphia、Mastbaum Theater での 6日間にわたるショー出演契約を結んでいます。また、Otto Heinemann によって1920年に設立され、もっとも初期のブルースを「売るために」録音した(前述の通り Columbia 傘下となっている) Okeh Records とも契約しました。

Screamin' Jay Hawkins のマネージャーとして Stan Pat( Grand Recordsの A&Rマン)が登場していましたが、また別のマネージャーの登場です。
その名は lrv Nahan。1983年の春に Radio London でのインタビューで Screamin' Jay Hawkins は最初のI Put A Spell On You だった Grand Records の録音について「 Herb Slotkin はパイの分け前を欲しがってた。でもマネージャーの Irv Nahan がマスターを持ち出して廃棄したんだと思う」と語っています。
つまり、Grand に吹き込んだあたりにはもう Stan Pat じゃなく lrv Nahan だったんでしょね。そしてその Nahan が Screamin' Jay Hawkins を Columbia 傘下の Okeh に連れてって Arnold Maxim に引き合わせたようです。
ただその Arnold Maxim は「 Grand でのI Put A Spell On You を聴いたけど、あれじゃマトモな Ballad だ。わたしは普通じゃないのが欲しいんだ。それにゃあどしたらいい?」と尋いてきたらしいんですね。
誰も答えられないでいると、Maxim は「よしっ!みんながしがらみを忘れてハジケられるようにしよう!酒だ!喰いモノだ!パーティだっ!」
どーやらそんないきさつで録音は全員ヘベレケ( これまた Radio London のインタビューでは Screamin' Jay Hawkins 本人も、バンド全員も、ミキシング・エンジニアも、プロデューサーの Arnold Maxim も、みんな揃って「呑んでた」んだそうでございます。なんせ Arnold Maxim はレコーディング・セッションをピクニックみたくしちゃったようでして、スペア・リブやらチキンのバーベキューにヤムイモ、スィート・ポテト・パイ、ワイン、ビール、ウィスキーなんぞをタップリ用意してテープを回したんだそうですよ。このデタラメさが成功のカギだったのかも?
Screamin' Jay Hawkins にいたっては、Los Angeles Times に「ともかくみんな酔っぱらってたよ。ワシもあましよく思い出せんのじゃ」と答えてるし、さらに曲中で聞こえる「気色悪い」バリトンは自分じゃない!と否定し続けたくらいに)でやった、と。

1956 Sep.12
Okeh Session

1956年 9月12日には、New York で Okeh Records にレコーディング・セッションを行います。
[accompanists─The Leroy Kirkland Orchestra: Ernie Hayes: piano/ Jimmy Shirley: guitar/ Lloyd Trotman: bass/ David "Panama" Francis: drums/ Sam "The Man" Taylor: tenor sax/ Heywood Henry: baritone sax]
Little Demon ( Breakdown)」( Epic 47933 CD ) CO-56601-8
Little Demon 」( Epic 47933 CD ) CO-56601-9
Little Demon 」( OKeh 7072 ) CO-56601-?
You Ain't Foolin' Me 」( Epic 47933 CD ) CO-56602-2
I Put A Spell On You 」( Epic 47933 CD ) CO-56603-?
I Put A Spell On You 」( OKeh 7072 ) CO-56603-?
Please Forgive Me 」( unissued ) CO-56604-

ここで録音された二つのI Put A Spell On You COW FINGERS AND MOSQUITO PIE : EPIC/LEGACY EK 47933 に収録されています。
リリースされた「I Put A Spell On You ( CO-56603-? /You Ain't Foolin' Me )」はたちまち注目を浴び、放送業界で言うところのヘヴィ・ローテーションってのに乗っかって、すぐに全米を席捲したのでございました。
チャート入りする前にすでに10万枚が出た、とも言いますから、スゴい勢いだったんでしょね。

最初 Grand Records に入れたときは「甘いラヴ・ソング」だったハズのこの曲は、世間から「ひと喰い人種」みたい、とか、スゲえ迫力!とかミョーなウケ方をしちゃって(と言うより、それが正解だったんでしょね。この変な迫力が時代にマッチしちゃったんでしょう)、もー Screamin' Jay Hawkins と言ったらI Put A Spell On You ! てのがジョーシキになってしまいました。しかも、この曲はその後もイロイロなアーティストがカヴァーするたびに再浮上を繰り返し、オマケにご本人のあまりにも有名な「おバカな」パフォーマンスもあって、多くのひとびとの記憶に焼き付けられたのでございます。

1956 Dec. 9
The Coffin!

1956年12月 9日、Screamin' Jay Hawkins は、Brooklyn Paramount Theater で行われた Alan Freed による 1956 Christmas Rock 'n' Roll Revue(他の出演者は Mac Curtis、The Moonglows、Shirley & Lee、The Cadillacs、Jessie Belvin、Teddy Randazzo、そして George Hamilton IV など)において衝撃的な演出を開始します。
ゴムで作ったヘビや、スティッキの上にはドクロ、有名な Apollo Theatre の電気技師によって作製された発煙装置、そしてそのいでたちは黒いケープをまとい、炎に包まれた棺の中から登場する、というものでした。
この棺は Alan Freed の演出だったようです。最初 Screamin' Jay Hawkins はそれをイヤがっていたらしいのですが、その演出に 2,000ドル上積みする、という約束で同意したものです。

このような荒唐無稽なキャラはすぐに彼と一体となったものとなり、逆に、それじゃないと客もナットクしなくなっていきました。
Los Angeles Times の Mike Boehm によれば「彼はショウを前にして、レコードを聴きながら呑んで Screamin' Jay Hawkins になって行く」だそうで、もはや(ま、曲の最初が最初なだけに)酒無しではやってらんない心理状態になっていたのかもしれません。
ところで、棺はそんな彼の演出に欠くべからざるものとなって行くのですが、それが有名になってゆくにつれ、the National Casket Co.(つまり棺桶製造の会社です)はそのような「バチ当たり」な用途に使われるのが判っていながら彼に棺を販売したり貸与(!)する末端の小売業者に、そのよーなコトをしないように、と警告を与えるほどになったのでした。

彼はシマウマ柄(!)の霊柩車で専用の棺を運ぶようになります。
その棺はロック部分に小さなマッチを挟んでカギが掛からないようにしてたらしいのですが、とあるアドヴァイスを信じたために閉じ込められ、窒息死しそうになったことがあるそうですよ。
中で暴れたりして助けを求めたらしいのですが、観客はみんな演出のひとつだと思ってたようですね。
ようやく脱出した彼はそんな目に会う原因となった奴等(つまり The Drifters だったらしいんですが)に殴りかかり、次の 2ステージは「無し」。その後、彼らと再び口をきくようになるまで 7年を要したそうです。

1957 Feb.13
Hong Kong

1957年 2月13日、New York での Okeh へのレコーディング・セッション。
[accompanists─The Leroy Kirkland Orchestra: Ernie Hayes: piano/ Jimmy Shirley: guitar/ Lloyd Trotman: bass/ David "Panama" Francis: drums/ Sam "The Man" Taylor: tenor sax/ Heywood Henry: baritone sax]
You Made Me Love You 」( OKeh 7084 ) CO-57391
Yellow Coat 」( Epic LP 3448 ) CO-57392
Hong Kong 」( Epic LP 3448 ) CO-57393
Darling, Please Forgive Me 」( OKeh 7084 ) CO-57394

3曲目のHong Kong 、これはまさに怪作でございますね。
たぶん Screamin' Jay Hawkins が考える「こんなのが中国語だ」っちゅう、ま言ってみりゃあ、かってのタモリの 4ヶ国麻雀みたいなもんですかね?え?それ知らん?そっかあ、もーだいぶ経つしなあ。
よーするにタモリが中国人やら韓国人になりすまし、でもデタラメな中国語もどきとハングルもどきを連発する、ってえ「芸」なんですが、この「ホンコン」、そこら Screamin' Jay Hawkins ですからねえ、も少し(少しじゃねえだろ!というツッコミもおありでしょうが)いーかげんでございまして、逆に、誰が聴いても、「あ、これはジョーダンなんだな?」って判るよーに仕上げてある、と言うのはうがち過ぎでございましょうか?

1957 May, 6

1957年 5月 6日、New York での Okeh へのレコーディング・セッション。
[accompanists─Earnie Hayes: piano/ Kenny Burrell, Everett Barksdale & Danny Perri: guitar/ Lloyd Trotman: bass/ David "Panama" Francis: drums/ unknown: sax]─こんな(「こんな」?)とこにケニー・バレルが・・・
Frenzy 」( OKeh 7087 ) CO-57919
Person To Person 」( OKeh 7087 ) CO-57920

Screamin' Jay Hawkins は Alan Freed の映画『Mister Rock and Roll 』に出演しますが、彼はほぼハダカに近い格好で、顔には白い靴クリーム、というもので、やはりカットされてしまったようです(観てないので保証の限りじゃありません)。
彼が Washington Post に語ったところによれば「鼻に骨を通し、白い靴クリームでフェイス・ペインティング、腰布ひとつってゆーその格好は黒人を不当に扱っている、として上映には不適当、とされちまったのさ。おまけに NAACP( National Association for the Advancement of Colored People─全米黒人振興協会)と CORE( Congress of Racial Equality─人種平等会議)にも気に入られなかった。黒人を笑いものにしてる、ってね」

どーも彼くらい「おちゃらけて」ると、同じ黒人からも反感を買うのかなあ。
あ、そーいえばサミー・ディヴィス Jr.から「俺が 500ドル払うから(ってこれ入会金なのかなあ?) NAACP に加入してくれ」と言われたそうですが、NAACP が黒人にナニをしてくれるってんだ!と断ったのだそーでございます・・・

1957
Alligator!

New York 録音です(日付不明)。
[accompanists─Earnie Hayes: piano/ Kenny Burrell, Everett Barksdale & Danny Perri: guitar/ Lloyd Trotman: bass/ David "Panama" Francis: drums/ unknown: sax]
There's Something Wrong With You 」( OKeh 7101 / CD: Epic EK 47933 ) JZSP-43416
Alligator Wine 」( OKeh 7101 / CD: Epic EK 47933 ) JZSP-43417

前者はマネージャーの Irv Nahan との共作、後者は Jerry Leiber と Mike Stoller の共作によるナンバー。このAlligator Wine のチャート・インのおかげで、彼のパフォーマンスには案の定「ゴム製の」ワニが加わることとなります。

また、同年、これも New York で録音。
[accompanists─Ray Charles Singers*: background vocals/ other members: unknown]
* Ray Charles Singers なんて言っても、これ、あの「偉大なる」 Ray Charles のバッキング・コーラスを担当した The Cookies(後の The Raylettes )のことでは「ありません」。
それどころか、この Ray Charles Singers のRay Charles ってのがそもそも、あの「偉大なる」 Ray Charles ですらありません!
まったくの同姓同名ながらカンゼンな別人でして、その二人の違いをあるサイトでは「向こうは目が悪い、こっちは耳が悪い(これ、どーやらバカにしてるらしい)。あっちは黒人、こっちは白人。向こうは魂からの声が胸を打つ、こちらはサイレント・マジョリティ(つまり保守的な圧倒的多数の白人層)の声を代弁する。」なんて、ホメてんだかバカにしてんだかよーわからん紹介をしておりましたが、そのサウンドを聴く限り、ドップリと首まで白人音楽に浸かったサウンドで、これがまあ、あるイミ、アメリカン・ベーシックなのかも?
そしてそんなコーラスを「敢えて」使った、ってえとこに S. J. H. のネジレた悪意(?)が見えるよな気がしますねえ。
こっち(白)の Ray Charles は 1918年 9月13日、Chicago 生まれだそうでございます。

Orange Colored Sky 」( Epic LP-3448 ) M.Delugg と W.Stein の共作(最初はインスト)。Nat King Cole のレパートリィでもあった。
If You Were But A Dream 」( Epic LP-3448 )
Deep Purple 」( Epic LP-3448 )
Give Me Back My Boots And Saddle 」( Epic LP-3448 ) W.G.Samuels-L.Whitcup-T.Powell の作品。Screamin' Jay Hawkins によれば、「ワシの母親が大好きだった曲だよ。たしか Gene Autry が歌ってたヤツだ・・・ 」。ただし『Cow Fingers And Mosquito Pie 』ではTake Me Back My Boots And Saddle になってますが。
Temptation 」( Epic LP-3448 ) A.Feed と N.H.Brown の作品。
I Love Paris 」( Epic LP-3448 ) もち、Cole Porter のナンバー。
Swing Low, Sweet Chariot 」( Epic LP-3448 )
Ol' Man River 」( Epic LP-3448 ) Kern-Hemmerstein 作品。この曲は 1990年の秋(?)に、Hollywood の Track 2nd Studio で、もいちど吹き込んでおり、その録音は Planet 40102、CD では DEMON RECORDS FIEND CD 211『Black Music For White People 』に収録されています。
また、この Epic-3448 At Home With Screamin' Jay Hawkins はまんま(一部の曲名や曲順は変わっていますが) Collectables Records から COL-CD-5456 A 24108 I Put A Spell On You として 1993年に再発されています。

1958
First Album

Screamin' Jay Hawkins の最初の LP、『At Home With Screamin' Jay Hawkins 』がリリースされました。
どうやらこのあたりで彼の服装も決定したようで、黄色い水玉とグリーンのストライプの入った黒いスーツ、クビには紫のスカーフを巻き、折り目の通った白いパンツ、そして白い靴、ヘビを首の廻りに這いまわらせて、鼻には骨を通す・・・

Philadelphia で Red Top Records に吹き込み。この時のバッキングは不明です。
Armpit No. 6 」( Red Top 126 )
The Past 」( Red Top 126 )

このころの Screamin' Jay Hawkins は Chuck Willis( R&Bシンガーで Chick Willis のいとこ。「 King of the Stroll 」として知られる。1958年に死亡)や Nappy Brown(1929年 North Carolina 生まれ。ジャンプ、R&B、モダーン・ブルースなど)と一緒に国内のツアーを行っています。
「それぞれの」キャディラックのトランクにはスコッチ、バーボン、ブランディーを箱で積み込んで「補給」しながらだったそうでございます。

New York の Apollo シアターでは下痢気味のサルと一緒に棺に閉じ込められたり、Chicago では演出に使う火薬の量を誤って 3倍も仕込んでしまい、黒コゲになりかけたりもしています。ま、自業自得っつーか・・・

1959
Arrested

たぶん、このあたりに「なんか」やらかしたんだと思うんですが、(上の記述からだけ考えても、酩酊による危険運転、危険物取締り法違反なんてえのがアヤしい?)1962年まで、22ヶ月間もムショ暮らしをするコトとなったようですが、その罪状などは不明でございます。

その1960年代は(もちろん出所後のことでしょーが)アメリカ本土を離れ(ヤバかったから?)ハワイのクラブや米軍の極東の基地めぐりにハゲんでいたようですね。
この頃イギリスじゃあ、Screamin' Lord Sutch( David "Lord" Sutch、彼のバンドには一時 Jimmy Page や Jeff Beck、Ritchie Blackmore に Nicky Hopkins そして Mitch Mitchell も在籍していた )や Arthur Brown、それに Black Sabbath バンドが彼に影響されていたようです。

さて、ムショに入る直前(と思われる時期)に 2曲ほどレコーディングしている、と言われていますが、それが

1960

King Records のために録音。(場所は不明です)
unknown 」( unissued )
unknown 」( unissued )
Accompanists も曲名もさっぱり判りません。

1962 Jan.

New York で Enrica Records のためにレコーディングを行っています。
[accompanists─THE CHICKEN HAWKS with Teddy McRae Orchestra. Teddy McRae: baritone sax/ unknown: other session members]
I Hear Voices 」( Enrica 1010 / CD:RHINO R2 70947『Voodoo Jive-The Best Of Screamin' Jay Hawkins 』)
Just Don't Care 」( Enrica 1010 I Hear Voices の B面)
Wake Up And Live 」( unissued )
Armpit No.6 」( unissued )

Screamin' Jay Hawkins はこのあたりから女性シンガーの Pat Newborn と組んで「 Screamin' Jay & Shoutin' Pat 」というコンビを組みました。この女性は後でまた出て来ますんで覚えといてねん。

1962

Philadelphia で、Screamin' Jay Hawkins と Shoutin' Pat Newborn は Chancellor Records に録音をしています。
Ashes 」( Chancellor 1117 )
Nitty Gritty 」( Chancellor 1117 )

Screamin' Jay Hawkins と Shoutin' Pat Newborn は、このシングルをリリースした後、ハワイのホノルルに行き、Jack Cion の経営するナイト・クラブ「 Forbidden City 」に出演することになります。

1963
Aloha afair

Honolulu で、上の Jack Cion がナイト・クラブ同様に所有していた Sound Of Hawaii のためのレコーディング。もちろん、ここでも Screamin' Jay Hawkins & Shoutin' Pat Newborn のセットです。
[accompanists─unknown]
Whammy 」( Sound Of Hawaii LP-50158 )
Seems Like You Just Don't Care 」( Sound Of Hawaii LP-50158 )
カッコ内の Sound of Hawaiiに LP-50158とあるので判るように、これはおそらく various artistsのアルバムだったようで、それは 1982年の Edsel Records / Demon Records ED 104 Frenzy に寄せられた Roger Eagle のライナー中で、彼が Don & Dewey に会ったときに SJH が最近ハワイでやってる、と聞き、早速ハワイに問い合わせたところ、本人からの連絡も来ましたが、彼と契約していた Jack Cion からは、上の二曲が収録された「アルバムが送られて来た」という記載があるところからマチガイ無いでしょう。

さて、このホノルルでは Screamin' Jay Hawkins が彼より 6才年下のかわいらしい女性、Virginnia Sabellona と知り合い、結婚しちゃうのですが、それが気に入らなかった Shoutin' Pat は刃渡り 23cmほどのナイフで Screamin' Jay Hawkins の胸を刺し、肺と横隔膜を傷つけたのでした。
前述の Roger Eagle が問い合わせたのが、ちょうどこの事件の直後で、病院のベッドにいた時であった、と言われております。
当然コンビも解消ですね。

1964 Aug.
Come back

ハワイで休暇を楽しんでいたジャズ・ファンの John & Gloria Cann 夫妻によって彼は「再発見」され、刺傷事件から快復した Screamin' Jay Hawkins を New York に連れ帰り、Roulette Records との契約を整えてくれたのでした。

1964

New York で Roulette Records への吹き込み。バッキングは Sammy Lowe Orchestra.。
The Whammy 」( Roulette 4579 ) 18174
unknown 」( unissued ) 18175
Strange 」( Roulette 4579 ) 18176
Feast Of The Mau Mau 」( unissued )
A Hard Day's Night 」( unissued )
Party Girl 」( unissued )

1965 Jan.

1月のはじめ、Screamin' Jay Hawkins は New York、Apollo Theatre の『The All Gold Oldies Show 』に Charlie & Ray(1955年、「I Love You Madly 」がヒット。おおっぴらにゲイを演出してたらしい。おすぎとピーコの R&B 版みたいなもんでしょか?)とともに出演。イロモノ同士(?)で新年早々だよ。
この 1月には、12日に「あの」 Nina Simone の「I Put A Spell On You 」が New York で録音されています。
後にアルバム『I Put A Spell On You ( Philips PHS 600-172。ただしモノラル盤は Philips PHM 200-172 )』として発売されました。暗く、重く、思わせぶりなイントロから、一部のジャズ・ファンからは「なんだこりゃー、歌謡曲じゃん!」と言われてたの思い出しますねえ。なるほど、歌謡曲ってのは蔑むべき対象なのか、と驚いたもんでしたが。

1965
Tour in U.K.

この年はまた John Cann によって Screamin' Jay Hawkins が Don Arden の Galaxy Entertainments のプロモーションに乗り、英国ツアーを行った年でもあります。
彼本人に先駆けて「I Put A Spell On You 」はとっくにイギリス上陸をはたし、例えば Guy Stevens( Procol Harum :詳しくは http://www.procolharum.com/guystevens2.htm で。)の Scene Club あたりにたむろするモッズにはバカ受けしてたようです。

彼の英国初登場は税関から自分のアゴひげに火をつけて出て来る、っちゅーものだったようですが、文章だけからではどーもよく判りまへん。
空港からホテルに向かう Don Arden の Jaguar の中から Screamin' Jay Hawkins は沿道の見物人に向かっていきなり骸骨のヘンリーを突き出したり、奇声を浴びせたりして驚かせていたようです(って、Screamin' Jay Hawkins ですから当たり前でしょうが)。
その時同じクルマの後部座席に乗っていた Bill Miller と Cliff White は Screamin' Jay Hawkins にファンみたいな質問を浴びせてたようです。

好きな男性歌手は?
─ Roy Hamilton、Frank Sinatra に Nappy Brown!("Man, that cat's got so much soul")
女性歌手では?
─ Big Maybelle と Brenda Lee だね。(ここで Brenda Lee が出てきてワタシゃ爆笑しちゃったけど、Bill & Cliff はどーだったんだろ?きっとマジメな顔して聞いてたんでしょね)
好きなグループは?
─ Chantels に the Four Lads、そして the Kingston Trio かな。(うひゃひゃ、Kingston Trio だって!知ってますか?)

その時 Screamin' Jay Hawkins がしてくれたサインには名前とともに「 I Love You Madly」って Charlie & Ray のヒット曲のタイトルを書き込んだそうです。
クルマの中では次々とヨタ話(?)をトバしてたようで、殺人を企んでた Little Willie John や、Screamin' Jay Hawkins からネタをパクった Huey "Piano" Smith(彼がそー主張してるだけ?)のこと、自分を下痢気味のサルと一緒に棺桶に閉じ込めた Larry Williams(1935年 New Orleans 生まれ、Lloyd Price の運転手からキャリアをスタートさせた R&B と R&R 系のシンガー・ピアニスト。Roy Brown と Percy Mayfield のバンドを経て1957年「Short Fat Fannie 」でブレーク。「Bony Moronie 」や「Dizzy Miss Lizzie 」など。しかし1960年、麻薬で逮捕され服役。1962年にカムバックした時は Johnny Guitar Watson をギタリストにしていた。このひとの「Bad Boy ( Eddie Taylorのじゃないよん)」は、Cowboy Junkies、Rush などもカヴァーした。1980.1.7、銃による負傷が原因で死亡。)、Ginny と一緒にいた Regent's Park のアパートメント・・・
理想的な聴衆を得て(?)語りまくる Screamin' Jay Hawkins が目に浮かびますよね。

1965 Feb. 2
Riot!! in U.K.

Wallington Town Hall で英国ツアーの皮切り。
一部の熱狂的なファンと、いつも火曜日の夜はここで Freddie & The Dreamers や Dave Berry & The Cruisers を聴いて、酔っ払ったりいちゃついたりしてた地元の若者たちからのブーイングが衝突し、乱闘も始まったらしく、スタッフは会場のトイレやら駐車場から脱出するハメになったようです。

1965 Feb. 3

この日の Screamin' Jay Hawkins は London の Flamingo Club でライヴを行っています。
ほぼ 45分間のセットを「疾走」し、この日はほぼ思いどおりの演出で終れたようです。

1965 Feb. 7

この日は Bromley Court Hotel で演奏しています。Feast Of The Mau Mau What'd I Say がメチャメチャ盛り上がったようでございますよ。

1965 Apr. 6

Larry Williams が Sue Records のために行ったライヴ・レコーディングに参加しています。
ところで、Screamin' Jay Hawkins はハワイのとこで Virginnia Sabellona と結婚した、と書きましたよね?
しかるに、どーしたことか、Bill Millar によれば、このころの彼の妻は Ginny という女性なのでございますよん。
Bill Millar はリージェント・パークを望む彼らのアパートに滞在してるし、一緒に動物園などにも行ってるんですねえ。

1965 May 3

London で Planet Records のためのレコーディング。バッキング・ミュージシャンは不明です。
Night And Day 」( Planet LP-1001 )
Why Dream 」( Planet LP-1001 )
I Wanna Know 」( Planet LP-1001 )
Your Kind Of Love 」( Planet LP-1001 )
Change Your Ways 」( Planet LP-1001 )
Servin' Time 」( Planet LP-1001 )
Alright, OK, You Win 」( Planet LP-1001 )
Please Forgive Me 」( Planet LP-1001 )
Move Me 」( Planet LP-1001 )
I'm So Glad 」( Planet LP-1001 )
My Marion 」( Planet LP-1001 )
All Night 」( Planet LP-1001 )
Better Than Nothing 」( unissued )
I'll Be There 」( unissued )
The Pass 」( unissued )
If You Were But A Dream 」( unissued )
I Feel Alright 」( unissued )

さて、Screamin' Jay Hawkins の英国ツアーをセッティングし、いわばビジネス・パートナーでもあった Don Arden だったのですが・・・

1965 Jun. 4

それは突然の「訣別」でした。ここで一体なにが起きたのかは判りません。
ともかく激昂した Screamin' Jay Hawkins はその日のうちに帰ってしまったのです。
その後、彼の自宅と Flamingo Club の Donnie Elbert との間で紆余曲折を経た電話での交渉の末、ようやく彼が残して来た荷物─お馴染み、骸骨のヘンリー、ケープ二枚、ゼブラ縞の靴、貴重な彼のレコード・コレクション(彼自身の最初のアルバム『At Home With Screamin' Jay Hawkins 』を含む)、小銭の詰まった壷(?)、さらにスーツ・ケースにギッシリ入ったマグネシウムの粉末(危ないなあ・・・ )に発火装置─を取り戻すことが出来たのでした。

このようなカタチで英国を去った Screamin' Jay Hawkins は、とーぜんまた New York に帰り、Little Joe Cook と Titus Turner( R&B シンガー。1933-1984、Atlanta 生まれ。1951年 Okeh からデビュー。のち Mercury に移りチャート・インし始める。リトル・ミルトンがGrits Ain't Groceries としてカヴァーしたAll Around the World を Little Willie John と出す。唱法は Lloyd Price の影響を受けている、と言われる。RCA が彼の「Tell Me Why 」の Elvis によるヴァージョンを発売したことにより上向きだしていた)と暮らし始めたようです。

1965 Sep.

New York で EMI Records のためにレコーディング。バックは Walter Young Orchestra。
Poor Folks 」( Providence 411 ) SKAM-3326
Your Kind Of Love 」( Providence 411 ) SKAM-3327

この二曲は本来、例の「憂鬱な」I Put A Spell On You をこの年の始めにトップ 30にまで昇らせたあの Nina Simone のために、と作られた曲だったのですが、彼女が「辞退」(あるいは「拒否」だったかも?)したために、彼自身が吹き込んだものです。
ところで、彼と妻の Ginny は、Lady Iris Mountbatten の婚儀に招かれ、Greenwich の The Goldbug で演奏をしているようです。

1965

Laurie Records に録音。バッキングは不明です。
I Put A Spell On You 」( Laurie )
Alligator Wine 」( Laurie )
Angel Of Hell 」( Laurie )

このときの録音についての資料は、ちょっと見当たりませんでした。リリースされたのかどうかも不明です。

1966

この年には一度ハワイを訪れているようですが、その日付、また単独でか、あるいは仕事でかお遊びでか?などの詳しいことは判りません。

1966 Mar.30
London revisited

London Airport 到着、4月1日から、ほぼ一ヶ月に及ぶ二度目の英国ツアーを開始します。(ただし異説では 4月1日にロンドンに到着し、その夜から公演があった、としてますが、ちょっと信じ難いよね)
今回は Roy Tempest の Global Promotions によるパッケージで、バックには Herbie Goins and the Nighttimers─イギリスのロック・バンド。1964-1966。アメリカ生まれの黒人で、米軍属として英国に駐留し退役後そのまま英国に住んだ Herbie Goins は1964年に Alexis Korner's Blues Incorporated のアルバム『Red Hot From Alex 』の何曲かでヴォーカリストとして参加。1964年の末あたりに Night-Timers を結成、以後18ヶ月間活動しています。メンバーは彼の他に Mick Eve の saxophone、Mike Carr の organ & vibes、Harry Beckett の trumpet、 David Price の bass guitar、Bill Stephens の drums。1966年 7月の二枚目のシングル「Number One In Your Heart 」( Parlophone R 5478。カップリングはCruisin' 、収録アルバムは Parlophone PMC 7026 )がヒット。─がつき、 Brixton の the Ram Jam で幕開けとなりました。
ロンドンでの日程は 4月22日の、お馴染み Flamingo Club で完了しています。

1966 May 3

Holton Records のための New York 録音。このときのバックは不明です。
Slumtown 」( Holton )
この録音も、その後リリースされたのかどうか、またほんとうにこの一曲だけだったのかも不明です。この後 Screamin' Jay Hawkins は Decca Records と契約。

1966 Jul. 8

New York でその Decca Records のためのセッション。
[accompanists─William Butler: guitar/ Albert Lucas: bass/ David 'Panama' Francis: drums/ Ernest Hayes: piano/ Zane Paul Zacharoff&Arthur Clarke: tenor sax/ Hayward Henry: baritone sax/ Edward Barefield: alto sax/ Joseph Newman&Reunald Jones: trumpet/ Wilbur Bascomb&Richard Harris: trombone/ Leroy Kirkland: leader of chorus/ Dick Jacobs: produce,July 8,1966(17:00-20:00),Associated Recording Studio, New York]
I'm Not Made Of Clay 」( Decca 32019 / CD: Bear Family CD15530 ) 117676( 009 )
I'm Not Made Of Clay 」( Decca unissued / CD: Bear Family CD15530 ) 117676( 009A )
All Night 」( Decca 32019 / CD: Bear Family CD15530 ) 117677( 010 )
All Night 」( Decca unissued / CD: Bear Family CD15530 ) 117677( 010A )
Mountain Jive 」( Decca unissued / CD: Bear Family CD15530 ) 117678( 011 )
Mountain Jive 」( Decca unissued / CD: Bear Family CD15530 ) 117678( 011A )
I'll Be There 」( Decca unissued / CD: Bear Family CD15530 ) 117679( 012 )
I'll Be There 」( Decca unissued / CD: Bear Family CD15530 ) 117679( 012A )

さて、上のレコーディング・ナンバーの末尾のサブ・ナンバーで判る通り、それぞれに Alternate Take があるように「見え」ます。しかし、これは Bear Family Records BCD 15530、『SPELLBOUND 1955-1974 』に付属している英文ライナーの記載「では」なのでございます。
フザけたことに、カンジンの CD の方には一曲づつしか収録されておりません。
そればかりか同年12月29日に録音されたI Put A Spell On You Two Can Play This Game Shattered You're An Exception To The Rule の 4曲こそ、そのようなサブ・ナンバーが必要な別テイク(というよりは、コーラスの有無などオーヴァー・ダブの違いによる「リミックス」的ヴァージョンか?)が存在し、2タイプが収録されているのでございます。
ま、それはさておき、Mountain Jive という曲はLittle Demon の「書き直し版」とみなされております。
また [accompanists] の欄の最後あたりにレコーディング「時刻」までが記載されとりますでしょう?どーやら、このレコーディング・スタジオは、そのヘンのデータ管理が実にキッチリしておるようでございますね。

1966 Dec.29

12月29日にも続いて Decca のために New York 録音が行われています。
[accompanists─William Butler& Eric Gale: guitar/ Jouis Mauro: bass/ Bernard Purdie: drums/ Warren Smith: perc.(conga)/ Ernest Hayes: piano/ Joseph Grmaldi: tenor sax/ Buddy Lucas: baritone sax/ Ernest Royal& Joseph Wilder: trumpet/ Benjamin Gordon Powell: trombone/ Norbert De Coteaux: leader of chorus/ Dick Jacobs: produce/ DEC.29,1966(19:00-22:00),Associated Recording Studio]
I Put A Spell On You 」( Decca 32100 / CD: Bear Family CD15530 ) 118364-?
I Put A Spell On You 」( Bear Family CD 15530 ) 118364-? [stereo mix without chorus]
Two Can Play This Game 」( Bear Family CD 15530 ) 119365-2
Two Can Play This Game 」( Bear Family CD 15530 ) 119365-2 [stereo mix without chorus]
Shattered 」( Bear Family CD 15530 ) 119366-2
Shattered 」( Bear Family CD 15530 ) 119366-2 [stereo mix without chorus]
You're An Exception To The Rule 」( Decca 32100 / CD: Bear Family CD15530 ) 119367 (Bob Stone)
You're An Exception To The Rule 」( Bear Family CD 15530 ) 119367 [stereo mix without chorus]

この最後のYou're An Exception To The Rule だけは Bob Stone の作品です。
またここでのI Put A Spell On You は、かなりチョーシいいヴァージョンで、かなり軽めの仕上がりとなっておりますよん。いづれも「別テイク」というより、オリジナル・マスターにコーラスを乗せる・乗せない、ステレオとモノラルの違いですから、いまで言うリミックスでんな。

1967

お馴染みのアメリカの「ポップス・グループ(いいねえ!Bill Millar さん、ポップス・グループと言い切るとこがいさぎいいや)」 Creedence Clearwater Revival が「I Put A Spell On You 」をカヴァー。後にそっから独立する John Fogerty もレパートリィにしてゆきます。

1968

The Crazy World Of Arthur Brown がそのデビュー・アルバムで「I Put A Spell On You 」をカヴァー。

1969

この年には(たしか 1月だと思う)イギリスの「ポップス・グループ(こっちはワシが決めつけたんじゃ)」ビートルズが「ゲット・バック」 のメドレーの中で Screamin' Jay Hawkins の「Little Demon 」を登場させてるらしい。

さて、Screamin' Jay Hawkins 夫妻は1960年代後半、ちょくちょくハワイを訪れていたようで、その影響(?)で吹き込んだのでは?と思われるトラックを残しています。それが

1969

1969年 4月に契約した Philips に Los Angeles で吹き込んだ 2曲で、
Makaha Waves 」( Philips 40636 / CD: Bear Family CD15530 ) 2-45273
There's Too Many Teardrops 」( Philips 40636 / CD: Bear Family CD15530 ) 2-45274
で、Makaha Waves は Joseph Ryan( Screamin' Jay Hawkins のハワイでの弁護士または代理人、と Bill Millar は書いていますが詳しいことは判りませんでした。アクターで John Joseph Patrick Ryan ってのがハワイがらみで出てくるんですが・・・ )の作でモロ「ハワイアン」ですが、後者はハワイアンというより C&W で、California Symphony Orchestra(詳しくは http://www.acso.org/ )のペダル・スティール・ギター奏者が参加したそうですが、その名前は判りませんでした。ま、シンフォニー・オーケストラにペダル・スティール奏者?っつーツッコミはおいといて、と。
Makaha Waves /There's Too Many Teardrops 」( Philips 40636 )ですが、CD『SPELLBOUND 1955-1974 』 Bear Family CD15530 に収録されるまでは、そのシングルがハワイでのみ発売されていたようです。

1969
June 23, 24

6月23と 24日の二日間、North Hollywood の Club Amigo でアルバム『WHAT THAT IS! 』のためのライヴ・レコーディングが Milan Melvin のプロデュースで行われました。ストリングス・アレンジメントは Shorty Rogers*。

本名 Milton Rajonsky。1922年 4月21日生まれ、1994年11月 7日死亡。いわゆる「ウエスト・コースト・ジャズ」に分類される「らしい」。
1940年代から Woody Herman や Stan Kenton などの数々のビッグ・バンドでアレンジャーとして活動し後に独立して Art Pepper、Shelley Manne、Jimmy Giuffre、hampton hawes らとコンボを組み Capitol に Modern Sounds を録音し、これが Birth of the Cool につながった、とされる(みたい・・・ ジャズのことはあまり詳しくないんでボロが出ないうちにヤメましょーね)。
あ、ワシも知ってるとこじゃあ、CTI あたりでボサノヴァ系のアレンジメントなぞを手掛けてた Claus Ogerman とともに Mel Torme の Coming Home Baby のアレンジに参加してるのねん。 ジャズ・ヴォーカルなんて聞かないワタクシが唯一「好き」なのが、この Mel Torme はんで、「バードランドの子守り歌」とか、このタイトル曲、Coming Home Baby は良く聴いたものでございます。あれからすでに 40年ほどの月日が・・・


オリジナルのアルバムで聴いていないので断言は出来ないのですが、やたら Fade Out ばかりなんですよ。一応ライヴ・レコーディングとのことですが、ケツが絞られて消えちゃうんで客の歓声とかがまったく聞こえません。もしかするとゼンブ(次の12月録音も含めて、ね)を一枚の CD に突っ込むために F.O. にしちゃったんじゃねえだろうな?なんてのが「邪推」だったらいいんですが。
全曲、LP『What That Is! 』 Philips 600-319 / CD『SPELLBOUND 1955-1974 』 Bear Family CD15530 に収録されています。したがってタイトルに続くカッコ内はシングル。
What That Is 」 2-45 291
[accompanists─ Eric Gale: guitar/ Lyle ritz: bass/ Earl Palmer: drums/ Plas Johnson: saxophone]
Feast Of The Mau Mau 」 2-45 292
[accompanists─Same as above, but added Christopher "Egg" Ross & Sal Valentino: backing vocals/ Billy Watkins Singers: backing vocals(alt.『SPELLBOUND 1955-1974 』のライナーでは Carl 'Beef' Gottlieb, Christopher 'Egg' Ross, Sal Valentino, Deidre La Porte, Tom Reid & Thea Marcus:chorus。またギターは Eric Gale から Herb Ellis に替わっています)]
Do You Really Love Me 」( Philips 40645 & 40668 ) 2-45 293
[accompanists─ Same as above, but Mike Anthony on guitar]
Stone Crazy 」( Philips 40606 ) 2-45 294
[accompanists─ Ernest McLean: banjo/ Ron Johnson: bass/ Eddie Hoh: drums/ Grahame Bond: piano]
I Love You 」 2-45 295
[accompanists─ Eric Gale: guitar/ Lyle ritz: bass/ Earl Palmer: drums/ Plas Johnson: saxophone]
Constipation Blues 」( Philips 40645 ) 2-45 296 / Edited to the Single: 「Moanin' 」( Philips 40668 ) 2-46 794
[accompanists─ Same as above]
I'm Lonely 」( Philips 40606 ) 2-45 297
[accompanists─ Ernest McLean: banjo/ Ron Johnson: bass/ Eddie Hoh: drums/ Grahame Bond: piano/ overdubbed strings were added for the single version]
Thing Called Woman 」 2-45 298
[accompanists─ Herb Ellis: guitar/ Lyle ritz: bass/ Earl Palmer: drums/ Plas Johnson: saxophone]
Dig! 」 2-45 299
[accompanists─ Eric Gale: guitar/ Lyle ritz: bass/ Earl Palmer: drums/ Plas Johnson: saxophone]
I'm Your Man 」 2-45 300
[accompanists─ Mike Anthony: banjo/ Lyle ritz: bass/ Earl Palmer: drums/ Plas Johnson: saxophone]
Ask Him 」 2-45 301
[accompanists─ Herb Ellis: guitar/ Lyle ritz: bass/ Earl Palmer: drums/ Plas Johnson: saxophone/ Bill Watkins Singers: backing chorus]
Reprise 」 2-45 302
[accompanists─Mike Anthony: guitar& Banjo/ Eric Gale: guitar/ Lyle ritz: bass/ Earl Palmer: drums/ Plas Johnson: saxophone]

あまりにも有名なConstipation Blues が登場いたしますが、やはり、というか、案の定そのリアル(?)な音響効果ゆえに放送方面では敬遠されてしまったようですが、これも「不朽の名作」となったのでございます。
また、一曲目のWhat That Is! は、遡ること14年前の Mercury 傘下の Wing レーベルに吹き込んだ同じタイトルの曲がありますが、まったく違う曲でございます。どちらも二枚組 CD、『SPELLBOUND 1955-1974 』 Bear Family CD15530 に収録されておりますので、お持ちの方はお聴きくらべくださいませ。

ところで Mau Mau ってのは1948年に結成された、っていうケニヤ周辺の暗殺者集団で、ヨーロッパからの入植者たちを血祭に上げた、なんて Bill Millar はライナーに書いてますが、そりゃあヨーロッパからの視点でしょう?彼らにしてみりゃ、固有の文化をいっこも理解しない貪欲な侵略者たちに反撃するのは「当然」なワケですよ。

1969 Dec.

Texas 州 Houston でレコーディング・セッション。プロデュースは Huey P. Meaux ですが、バック・ミュージシャンは不明です。
最後の 2-46 807「Trouble in mind 」─Richard M. Jones を除き、すべて LP『BECAUSE IS IN YOUR MIND( ARMPITRUBBER ) 』 Philips 600-336 と CD『SPELLBOUND 1955-1974 Bear Family CD15530 に収録されています。
Please don't leave me 」─Antoine Domino、 2-46 795
I wanta know 」 2-46 796
I need you 」 2-46 797
My Marion 」 2-46 798
Bite it( Last Night) 」─The Mar-Keys、2-46 799
Move me 」 2-46 800
Goodnight my love 」─Marascalco / Motola、 2-46 801
Our love is not for 3 」─Jimmy Jones、 2-46 802
Ain't nobody's business 」─Grisham、 2-46 803
Take me back 」 2-46 804
Tryin' to reach my goal 」─McRee / Thomas / Thomas 2-46 805
So long 」─Harris / Melsher / Morgan、 2-46 806
Trouble in mind 」─Richard M. Jones( unissued / lost ) 2-46 807

Please don't leave me はお馴染み Fats Domino のヒットでございます。Fats Domino というと、あの Atlantic でのエピソードが思い起こされますねえ。
Goodnight my love は1956年、Jesse Belvin のヒット、Ain't nobody's business は Jimmy Witherspoon の1949年の、Bite It は Mar-keys のインストでヒットしたLast night のタイトルを変えたもの、Screamin' Jay Hawkins 名義にはなってるけどI wanta know も実は Du-Droppers のヒットを下敷きにしたもの、So Long は1940年に Russ Morgan が自分のオーケストラのために書いた曲で、Trying to reach my goal も Sun alumni Cliff and Ed Thomas の手になるものです。
ま、このアルバムはある意味、他人の作品のカヴァーを中心にやっている、と言ってもいーんじゃないでしょか。
もっとも、Take me back は1955年、Grand に吹き込んだ Grand 135 のリヴァイヴァルだし、「Move Me 」と「My Marion 」は彼自身のなかなか手に入らない Shel Talmy の Planet label に1965年に吹き込んだアルバム『The Night And Day Of Screamin' Jay Hawkins 』 Planet 1001 にも収録されていた曲ではあるのですが。
この LP、『BECAUSE IS IN YOUR MIND( ARMPITRUBBER) 』 Philips 600-336 は翌1970年に発売されています。

1970

彼は New York の Caf? Wha? ─ 1960年代に出来た(正確な年月日は同店の HP にすら載っていない!)グリニッチ・ヴィレッジの、さほど広くはないクラブ(同じく HP によれば "beat/rock" club )で、詩人アレン・ギンスバーグなども出入りしていた。また、1967年 8月の初めの週末に、アメリカではまだ Are You Experienced? が発売されていなかった Jimi Hendrix Experience が、出演をキャンセルした the Animals(メンバーのひとりが急病だったらしい)の替わりに急遽、その日のオープニング・アクトとして登場し、衝撃的なデビューを果たした、というのもこの店。オーナーの Manny Roth は、ex Van Halen の David Lee Roth の「おじさん」である ─ でライヴ・レコーディングを行いますが、ぬゎあ〜んと、それが陽の目を見るのは、実に 23年後!1993年のことなのよねん。
つーわけで1993年あたりのとこでまた出てくるとは思うけど『RATED X 』 Sting 8237 はこの時、録音されておったのです。バックなどについては不明です。
収録曲は・・・
Funky Broadway / Rated "X" / Rock The Boat / Little Bitty Pretty One / Rated "X" / Bite It (Last Night) / For Your Love / Shout / Constipation Blues / I Put A Spell On You

1972

Nashville でアルバム、『Portrait Of A Man And His Woman 』のためのレコーディング。バックは 6弦ベース奏者の Tommy Allsup のバンドです。
[accompanists─ Jimmy Kovards: lead guitar/ Joe Allen: bass/ Tommy Allsup: 6-strings bass( band leader)/Kenny Malone: drums, bongos & Vibes/ Tony Migliario: piano & organ/ Chips Young: rhythm & bongos/ Henry Dotson & David McKinely: backing vocals/ 21st Century Singers: backing chorus ( led by Henry Dotson )/ 1972,Woodland Sound Studios Nashville, Tennessee]
収録曲は・・・
Portrait Of A Man / Itty Bitty Pretty One / Don't Deceive Me / What's Gonna Happen On The 8th Day / Ashes / We Love / It's Only Make Believe / Please Don't Leave Me / I Put A Spell On You / I Don't Know / Guess Who / What Good Is It (Part 1) / What Good Is It (Part 2) / Same Damn Thing ( Charly 181 )
この『Portrait Of A Man And His Woman 』 Hot Line 10024-25 は同年中にリリースされています。

1970年代の Screamin' Jay Hawkins は Hawaii と New York での生活、さらに地方のクラブでの出演、さらにはヨーロッパでの公演などで過ごしているようですが、I Put A Spell On You のカヴァー・ヴァージョンから上がるロイヤルティはケッコウあったんじゃないでしょか。

1973

Queen Bee Records のために「Monkberry Moon Delight 」( Queen Bee 1313: Linda & Paul McCartneyの作品!)と「Sweet Ginny 」( Queen Bee 1314 )の 2曲を録音していますが、バッキングなど詳しいことは判りませんでした。

1974

この年の(おそらく)10月には New York で RCA Records のためのレコーディング・セッションを行っています。
バッキング・ミュージシャンなどはあいにくと不明です。プロデュースは Joey Levine、 Marc Bellack & Paul di Franco for M. C. P.
Voodoo 」 ─ Marc Bellack / Joey Levine DPAS 1074-5
You Put The Spell On Me 」 DPAS 1075-1
どちらも『SPELLBOUND! 1955-1974 』 Bear Family CD15530 に収録されています。オリジナル・リリースは RCA PB 10127。
You Put The Spell On Me はとうぜんI Put A Spell On You のセルフ・アンサー・ソングってえワケですな。

そのステージに大量の火薬やらマグネシウム粉末など、アブないもんを使いまくってた Screamin' Jay Hawkins ですが、おそらく1976年、とあるライヴの際に、爆発の火炎の中から飛び出して聴衆のヒザの上に身を投げ出す、という演出があったのですが、予想もしなかった「大爆発」となり、Screamin' Jay Hawkins はステージ上で倒れてしまったそうです。
スタッフは慌てて幕を降ろさせたのですが、あいにく Screamin' Jay Hawkins はその幕の前に倒れているため、やむなくみんなで幕の内側からうつぶせに倒れている Screamin' Jay Hawkins の足を掴んでズルッズルッと幕の内側に引き込んだそうです(!)。
もちろん救急車で運ばれたのですが、彼は 2度の火傷と、一時的な失明となり、ツアーを再開するまでに 2年間を要したのだそうでございます。この時のヤツのセリフが「ワシゃあ元々真っ黒だから、これ以上黒コゲにゃあならんて」だったそうでございます。さすがクチの減らない Screamin' Jay Hawkins!

で、たぶんその事件の前だと思うんだけど

1976

Versatile Records のためにレコーディング・セッション。
I Put A Spell On You 」─1966年録音のリミックス、Versatile NED 1125
I've Got You Under My Skin 」 Versatile NED 1125
Time After Time Versatile 」 Versatile NED 1125
Ebb Tide 」 Versatile NED 1125
Move Me 」─remix of 1969 version Versatile NED 1125
Africa Gone Funky 」 Versatile NED 1125
Ashes 」 Versatile NED 1125
I Need You 」─ remix of 1969 version  Versatile NED 1125
Sweet Ginny 」─ instrumental Versatile NED 1125

この「引き潮」Ebb Tide の入ってるアルバムは『Move Me 』( YEAAH! YEAAH30 )ってのと、『THE BEST OF SCREAMIN' JAY HAWKINS 』( Classic world CWP 2011 )ってのがあるんですが、悪いことは言いません、良いコのみなさまは「必ず」、『Move Me 』( YEAAH! YEAAH30 )の方をお買い求めくださいませ。
Classic world CWP 2011 の方はアジマスの狂ったテープみたいな音質で「も〜んだ〜いが〜い!」でございますので。ただし発売当初は『I PUT A SPELL ON YOU 』( Versatile NED 1125 )っちゅう LP だったらしいのですが。

1978

映画『American Hot Wax 』に出演。また1979年の The Clash のアメリカ・ツアーを Bo Diddley、Sam & Dave、Lee Dorsey と Screamin' Jay Hawkins がサポートしたそうです。

1979

Koala Records に吹き込み。場所、バッキング・ミュージシャン、いえそれどころか吹き込まれた曲名すら「Lawdy Miss Clawdy 」以外、まったく判りません。他に 10トラックあるらしーんですが( Koala 14736 )。
ところで、この Koala Records、日本にも同名のがあるらしいのですが(いわく「湘南発ブラジル音楽専門レーベル・Koala Records」!?)、とーぜんそれじゃないでしょ。ウルグアイ(!)にある Koala Records のことかなあ?それとも、もーすでに消失したレーベル?

1979 Oct.31

ハロウィーンに合わせ、New York の Irving Plaza(別名「 Club 57 」あるいは「 the Monster Movie Club 」)ではバンドの前やステージの合間にホラー・ムーヴィを流し、シャンデリアからは(ホンモノ?)羊の頭が垂れ下がり、場内いたるところにクモの巣をディスプレーするんだそうです。
この年の出し物は Screamin' Jay Hawkins と、女装バンド Marilyn and The Misfits で、案の定、棺桶が三つ背景に用意されていたようでございます。

1979 Dec.18
with Keith

New York の Blue Rock Studio で Polydor Records のための吹き込み。
この日、誕生日を迎えた Rolling Stones の Keith Richards がギターで参加しています。ただし他のメンバーは不明。
I Put A Spell On You 」(英国 EG Rec. / Polydor POSP 183─1980 リリース)
Armpit No. 6 」上とカップリング。
この 2曲は 1995年に CD:『PORTRAIT OF A MAN 』( Edsel EDCD 414 )に収録されています。

1980年にリリースされたオムニバス・アルバム『THE LONDON R&B SESSIONS 』 Albion DAI 2 に Wilko Johnson の演奏する Screamin' Jay Hawkins のナンバー「The Whammy 」が収録されています。
このアルバムは 1986年に CD 化され、Albion ALCD 9.00135 として発売されました。

1981

Screamin' Jay Hawkins の(どのヴァージョンかは不明ですが)I Put A Spell On You が Burger King のキャンペーンに使用されたようです。
そして Dave ?と Tony Stolz というブック・メーカーが Screamin' Jay Hawkins & the Chiken Hawks を手がけることになります。

1981 Nov.12&13

Screamin' Jay Hawkins は New York、 Madison Square Garden での the Rolling Stones コンサートのオープニング・アクトをつとめました。

1982

Edsel Records からコンピレーション・アルバム『FRENZY 』 Edsel 104 が発売されています。これはすでに発売されていた Okeh の再録と、1956年と1957年に Epic に残した素材をもとにしたものでした。

1983 Apr.- May

Screamin' Jay Hawkins は Paris で Zeta のためにレコーディングをします。
この Zeta というのはおフランスのレーベルなんでしょか?検索してもワケ判んないのがいっぱい出てきて、それらしいのに辿りつけまへんでした。
収録曲は・・・ Deep In Your Love / Your Kind Of Love / Get Down France / All Night / Serving Time / Feast Of The Mau Mau / I Feel Alright / Poor Folks / Mountain Jive / Constipation Blues / Alligator Wine

これらの曲は Zeta 15755 としてリリースされ、1989年には CD『REAL LIFE 』 Charly Records 1963 として発売されています。

1983?

Screamin' Jay Hawkins は、あの Serge Gainsbourg(セルジュ・ゲインズブール)とともにフランスの TV番組に出演し「Cosntipation Blues 」を演奏!

1983
U.K. again

Screamin' Jay Hawkins はまたまた英国ツアーを行っています。
このときに有名な Radio London の Stuart Colman のインタビューを受けた、ってワケ。その日付は 6月12日でした。
原文は http://home.datacomm.ch/mik/ba/h/hawkins_jay/press/nowdigthis2000_203-1.html で。

1984

Jim Jarmusch 監督の『Stranger In Paradise 』で Screamin' Jay Hawkins の1956年ヴァージョンの「I Put a Spell on You 」が使用されました。
この映画がひとつのきっかけとなって、Screamin' Jay Hawkins の存在がまた広く知られるようになり、それもあってか、彼の定期的なアメリカ国内ツアーが始まっています。

1984?

Screamin' Jay Hawkins は Midnight Records にレコーディング。バッキングは Fuzztones。
It's That Time Again 」 Midnight 104

1984 Sep. 27& 28

Screamin' Jay Hawkins、Midnight Records のためのライヴ・レコーディング。 曲目は・・・
Lawdy Miss Clawdy / Hong Kong / Downstairs / Cherry Pie / In Her Room / Constipation Blues / I Need Your Love / Feast Of The Mau Mau / Let It Roll / Make The Blues Hard / Bite It (Last Night) / I Put A Spell On You
このセッションについては資料があまり無く、詳細は不明です。どうやら Midnight 138 としてリリースされたようですが・・・
この頃の Screamin' Jay Hawkins はどうやら Los Angeles に住んでいたようで、 Hollywood Boulevard にあった Raji's でコンサートをしたこともあるようです。

1985

映画『Joey 』に出演(ハリウッドの地元にいた効果?)。そしてこの年から翌1986年にかけて Screamin' Jay Hawkins は Nick Cave( Nicholas Edward Cave、1957.9.22、白人ロック・ミュージシャン。オーストラリアの Victoria 州 Warracknabeal 生まれ。1975年ころからバンド活動を始め1978年には初シングルを出す。翌年には初のアルバム『Door, Door 』( Mushroom / Suiside Records )リリース。1980年ロンドンに移り 4ADと契約。翌年 USA &ヨーロッパ・ツアー。1982年にはベルリンに拠点を移す。1985年にはワールド・ツアーを開始し、オーストラリアはもちろん、京都・東京・札幌でも公演。1989年には二度目の来日、翌年にはブラジルのサンパウロに移り、小説も発表。5 回目の来日は Fuji Rock Festival 出演のためだが、楽屋を破損した件で賠償沙汰になった)とともにオーストラリア・ツアーに出ています。
Screamin' Jay Hawkins のステージを観た Nick Cave は大笑いしていたらしい。

同年 New York の Irving Plaza で Midnight Records のために Screamin' Jay Hawkins & The Fuzztones のライヴ・レコーディングが行われています。
収録曲は・・・ Alligator Wine / I Put A Spell On You / It's That Time Again / Constipation Blues
となっていますが、たった 4曲ってことは 7インチの 33 1/3r.p.m.の「 CP 」とかってヤツ?ちょとそこら不明でございます。
Midnight 134 としてリリース。

1986 Mar.16

Screamin' Jay Hawkins は Dr. Demento(元々はレコード会社に勤めてライナーを書く仕事をしていたが、地元のラジオ番組にゲストで出演するうち、その豊富な知識や、貴重なレコードを発掘してくる能力などを買われ、1970年の秋から自身の番組を持つようになった。白人ながらブルースにも詳しく、Rhino と関わりを持つ。番組のキャッチ・コピーは「 Two-hour radio festival of mad music and crazy comedy 」で全米で 100を超えるラジオ局でネットされている。詳しくは http://www.drdemento.com/ )の radio show に出演。
この年にも Screamin' Jay Hawkins はオーストラリア・ツアーに出ています。
Pete Townshend は CD 『Deep End Live! 』( Atlantic Atco 905532-2 )で「I Put A Spell On You 」をカヴァー(1996年のライヴ・コンサートでも演奏してるそうです)。

1987 Dec.

Screamin' Jay Hawkins は Washington D.C. でコンサート。

1988

映画『Two Moon Junction 』にブルース・シンガーの役で出演しました。(たぶん)この時に共演した Sherilyn Fenn(ミュージシャンだった母に連れられ全米を移動する生活だった彼女は Playboy のバニーになることで独立、映画は1984年の『The Wild Life 』でデビュー。しかしなんと言っても彼女を有名にしたのは David Lynch の『Twin Peaks 』)がお気に召したのか、後にアルバム『Black Music For White People 』の中でカントリー・ブルース・タッチで歌われるナンバー中で彼女の名前が登場していますし、さらにアルバム『Stone Crazy 』では完成した曲として登場しているのでございます。

1988 Jun.16& 17
Live in Paris

Paris の Meridien Hotel で Black & Blue Records にライヴ・レコーディングが行われました。
[accompanists─Bari Southern: tenor sax/ Joel Foy: guitar/ Rodney Lee Schnitz: bass/ Mark Clinton Sanchez: drums]
この時、収録されたのは・・・
Lawdy Miss Clawdy / The Whammy / Hong Kong / Yellow Coat / Ain't That A Shame / Alligator Wine / I Put A Spell On You / Little Bitty Pretty One / Constipation Blues / Goodnight Sweetheart / Tutti Frutti で、この時の録音は Evidence Music 26603( CD )として発売されました。

またおそらく、この翌年( alt.1989年ではなく、1981年に録音された、としている資料も存在しています)、Screamin' Jay Hawkins は Spivey Records のためにレコーディング・セッションを行っています。
バッキングは Washboard Doc Trio(についてはちょと資料不足で詳しいことが判りませんでした)。
収録曲は・・・
Let Your Love / Little Darlin' / Come Back To Me / It Took Your Kind Of Love / Love Nobody But Me / In My Dream / Furburger( instrumental ) / I Want To Do It In A Cave
この録音は1990年にLP The Art Of Screamin' Jay Hawkins 』 Spivey LP 1036 としてリリースされました。
さらにこの年、Screamin' Jay Hawkins は Jim Jarmusch の映画、『Mystery Train 』に出演し、これでまた彼の周辺は少し活気づいたようです。
その縁で Telluride で行われた Colorado Film Festival に登場し、なみいる監督たちや俳優、配給会社の役員たちの前で奇声を発していたとか・・・

1989 May 12

The Nipple Runs は自主製作のアルバム( Live - 1989: self-released─ cass with clear j-card with rice paper insert )中で Screamin' Jay Hawkins の「All Night 」をカヴァー。
この年 Screamin' Jay Hawkins & The Chicken Hawks(プラス、Paris でのライヴに参加したサックスの Bari Southern─資料によっては Beri Southern、あるいは Bara Southern としているものも)は英国ツアーに行き、ロンドンでは Town & Country Club にほぼ 2,000人の聴衆を集めた、と言われています。

1990 Feb. 3

Screamin' Jay Hawkins は Washington D.C. の the 9:30 Club で公演。
その年の 5月にはオーストラリアのバンド、The Raunch Hands が LP、『Have A Swig 』( Crypt Records )の中で Screamin' Jay Hawkins に触発されたってゆう「Frenzy 」を収録(後に CD、『FUCK ME STUPID 』 Crypt Records 031 )。

1990 Aug.15
S.J.H. in TV

TV番組『Night Music 』に出演した Screamin' Jay Hawkins は、The Night Music Band のバッキングで、ミュージカル『Show Boat 』からのナンバー、Oscar Hemmerstein II & Jerome Kern の1928年の作品「Ol' Man River 」を演奏しました。
そしてその年の10月から12月にかけて Hollywood の Tracks II スタジオで Bizarre-Straight Records のためのレコーディング。そこにもこの「Ol' Man River 」はちゃ〜んと含まれておったのですよ。
[accompanists─ Michael Keneally: guitar, keyboards & backing vocals/ Tonio: Rap on "I put a spell on you"/ Rik Shannon: drums, percussion & background vocal/ Bara(おやおや、また新説登場!今度は Baraかよ?) Southern & Dana Garrett: sax/ Bo Didley,Jr: guitar/ Mark Goldberg: stand-up & electric bass/ Steve Batie: piano on "I put a spell on you"/ Julie Syperda-Duffey, Meredith Marshall & Jill Foor: backing vocals/ Robert Duffey: produce/ Aug.-Dec.1990/ Tracks II Studio, Hollywood. ]
さあ、いよいよ登場ですぜ!ドたっぷりとホラーなナンバー(って言っても、どっちかってえと「日本人は」ゲラゲラ笑うと思うんだけど・・・ )「Voodoo priestess 」!そーです、あの(たぶん)日本人のおねえちゃんが Screamin' Jay Hawkins に「日本語で」迫ってる奇っ怪なる迷曲でございます。
そしてディスコ・ヴァージョン(?)の「I Put A Spell On You 」など聴きどころ満載(?)のアルバムと言ってよいでしょう。
収録曲は・・・
Is You Or Is You Ain't My Baby( Jordan-Austin ) / I Feel Alright / I Put A Spell On You ( Dance Version ) / I hear you knockin'( Bartholomew-King ) / Heart attack and vine( Waits ) / Ignant and shit / Swamp gas( -Keneally-Shannon ) / Voodoo priestess( Keneally-Duffey ) / Ice cream man( Waits ) / I want your body / Ol' man river( Kern-Hemmerstein ) / Strokin'( Carter )
・・・ ここまでは Planet 40102( Demon Records FIEND CD 211 )『Black Music For White People 』として1991年に発売されています。
一方、[accompanists─Michael Keneally: guitar, keyboards & backing vocals/ Rik Shannon: drums, percussion & background vocal/ Dana Garrett: saxophone/ Bo Didley,Jr: guitar/ Mark Goldberg: stand-up & electric bass/ Jill Foor, Julie Syperda-Duffey, Octavia Bostick & Deborah Lee Morton: backing vocals] による、残りの
Strange / I don't know( Mabon-Thomas ) / I believe( Charles ) / Stone crazy / Last Saturday night / Call the plumber( Grayson-Horton ) / I wanna know / Sherilyn Fenn( -Duffey ) / Late night Hawkins( -Duffey ) / I am the queen( -Duffey-Shannon ) / Who's Been Talkin'( Burnett ) / On The Job( Duffey-Keneally )
は Planet 71184 ( Demon Records FIENDCD 728 )『Stone Crazy 』として1993年に発売されました。曲名に続くカッコ内は作者ですが前に「-」が付いているものは本来そこに Hawkins が入るのを省略したものです。
ここでは「Sherilyn Fenn 」がきっちり収録されとりますが、クレジットではプロデューサーの Robert Duffey との共作ってことになってますねえ。

1991 Jan.

Screamin' Jay Hawkins はパンク・バンド Hallelujah Picassos(ニュージーランドのパンク・バンド。詳しくは http://www.wildsiderecords.com/artist.cfm?i=31 を)とニュージーランド・ツアー。
また、この年の 4月12日には Los Angeles の the Coach House でコンサートを行いました。
この頃、映画の『A Rage In Harlem 』では重要なシーンのひとつで Screamin' Jay Hawkins の「I put a spell on You 」を使用しています。また、SONY の Walkman のコマーシャルに登場したおかげで日本ではイッペンに「知られている」存在となりました。それに彼の手になる曲のロイヤルティー収入も増えて来て余裕をもって日本やヨーロッパ、アメリカのツアーが続けられてたのかな?

1991

7月には前述の『Black Music For White People 』 Planet 40102( Demon Records FIEND CD 211 )が発売されました。

1991 Aug. 3

Los Angeles の the Palomino に出演。

1991 Oct.16& 17

おフランスの Rennes にある Club Ubu に出演。
さらに詳しい日付は不明ですが、この年オーストラリア Sydney の Emerald City でアルバム『I Shake My Stick At You 』のためのレコーディング・セッションを行っています。( AIM Records 1031 )
Live love or die / Because of you / Don't fool with me / Furburger / Cookie time / The rose / Tear drops / Bushman Tucker / In my heart / Rockin away / Rock Australia rock
プロデュースは Peter Noble。リリースも1991年です。

1992 Apr.

彼はスタジオで映画『Saturday Night Fever 』のサウンド・トラックをパロった Dread Zeppelin(このグループ名から想像されるとおり、Led Zeppelin のナンバーをレゲエ・スタイルで演奏してヒットさせたバンド。しかしリード・ヴォーカルはデブなのにエルヴィスそっくりの Tortelvis で、キャッチ・コピーがまた"Elvis Presley meets Bob Marley meets Led Zeppelin"っちゅーフザけたもの。でも Robert Plant はこのバンドを気に入っていたみたいですよ。しかしエルヴィス協会は「まことに遺憾である」てな見解だったらしい。1st アルバムで「Bring It On Home 」や「Black Dog 」、「Living Loving Maid 」、「I Can't Quit You Baby 」、「Whole Lotta Love 」、「Moby Dick 」などを収録した『Un-led-Ed (1990)』 IRS Records - X2 13048、「The Train Kept A-Rollin 」、「Nobody's Fault But Mine 」、「Stairway To Heaven 」などを収録した 2nd『5,000,000* *Tortelvis Fans Can't Be Wrong (1991)』 IRS Records - X2 13092 まではかなり売れていた。詳しくは http://home.earthlink.net/%7Elhoskins/dreadzep.html )の 3枚目のアルバム『It's Not Unusual 』 IRS Records - X2 0777 7 13161 28 の中の「Disco Inferno 」と「Jungle boogie」のレコーディングに参加しています。
Screamin' Jay Hawkins によれば、Dread Zeppelin は彼の演出を盗んだってことになってますが、そのバチが当たったのか(?)このアルバム『It's Not Unusual 』は前の二枚ほどのセールスには届かず、間もなく IRS Records は彼らを契約者リストから外し、超デブなエルヴィス Tortelvis は以前のお仕事である牛乳配達にお戻りになられたんですって。

1992

4月 7日にリリースされた Diamanda Galas(歌手であり、ピアニスト、作曲家であり作詞家でもある。ギリシャの血を受けて生まれ、San Diego で育った彼女はトルコ、アッシリアやアナトリア、ルーマニアやアルメニアなどの少数民族の音楽や詩歌を採り上げ、1979年にはおフランスの Festival d'Avignon でデビューして以来ヨーロッパに主軸を移す。1982年レコード・デビュー。アムネスティ・インターナショナルや AIDS キャンペーンなど、社会的な活動に積極的に関わっている)のゴスペル、ジャズ、そしてブルースの影響を受けたとされるアルバム『The Singer 』( Mute / A.D.A.61278 )に Screamin' Jay Hawkins の「I put a spell on you 」が収録されていました。このテイクは1994年に映画『Natural Born Killers 』のサウンド・トラックに使用されています。

1992

9月初め、Screamin' Jay Hawkins は Los Angeles の The Palomino でコンサート。

1993 Jan.

なんと Screamin' Jay Hawkins は、おフランスの Paris 郊外の Levallois-Perret に移住!
その 1月の12日には Tab Benoit の CD、『Nice And Warm 』 Justice 1201 が発売され、「I Put A Spell On You 」が収録されていました。

1993 Apr.13

Bryan Ferry のアルバム『Taxi 』 WEA / Warner Brothers 45246 のアタマに「I Put A Spell On You 」が収録されました。また別売りのシングル CDでは「I Put A Spell On You 」が実に 5ヴァージョンものリミックスが収録されました。その 5つとは
the Single Mix by Bob Clearmountain / the Yage Mix / the Yage Mix Long Version by The Future Sound of London / the Haunted House Mix by Sven Taits / the Council House Mix by Richard T. Norris and Sven Taits でございます。


1993 Oct.24

Screamin' Jay Hawkins はドイツ Bonn の Bonn's Biscuithalle で行われた Bonner Bluesfestival に Louisiana Red や Luther Allison とともに出演しています。
この年 Screamin' Jay Hawkins は Tom Waits のナンバーを歌った「Heartattack and Vine 」が Levi's のヨーロッパでの TVコマーシャルに採用されヒットとなっています。
Tom Waits は以前「そっくりさん」が歌った Frito-Lay のコーン・チップスのコマーシャルを起訴して 2,500万ドル(!)もせしめた前科があるんだけど、これについちゃヨーロッパの司法制度はそんなに甘くはなく、ケッキョク欲張りトムも謝罪広告のみで訴状を撤回する、という譲歩をせざるを得なかったようでございます。
ね?どっかで聞いたよな話だよねえ。そっくりさんを起訴するなんて、やっぱニンゲンが小さい!それに Screamin' Jay Hawkins のなんて「そっくり」ですらないんだから。

1994 Jan.

Screamin' Jay Hawkins は California 州 Orange( City, not the County、つまり郡ではなく「市」のほう)の「 For The Record 」スタジオでアルバム『Somethin' Funny Goin' On 』のためのレコーディング。
[accompanists─ Buddy Blue: guitar / Mike (Michael) Keneally: guitar / Oscar Barajas: bass / Jeff Aafedt: drums / Robbie Helm: sax / Steve Ebner: Trumpet / Felix Flanagan: harmonica / Jim Monroe: percussion / Donna Gast, Octavia Bostick, Erin Barton, Brynn Horrocks, Jack Duffey & Craig Mealins: background vocals]
プロデュースはお馴染みの Robert Duffey です。収録曲は・・・
Somethin' funny goin' on( Buddy Blue─ついでながら、このギタリストがカンタンなものだけど英文ライナーを書いてました) / I am the cool( Robert Duffey- Mike Keneally ) / Whistling past the graveyard( Waits ) / Rock the house / Scream the blues( Robert Duffey- Jung ) / Brujo ( Buddy Blue ) / You make me sick / Give it a break ( Robert Duffey- Jung ) / When you walked out the door( Robert Duffey-Mike Keneally ) / Fourteen wives
このアルバムは 3月に発売されています。( Bizarre-Straight / Planet 40105、あるいは英国盤 Demon Records FIENDCD 750 )

1994 Jul.31

Screamin' Jay Hawkins は Berlin の the Tempodrom で公演。この時の模様はドイツの TVステーション FAB( Fernsehen aus Berlin )によって録画されました。
同年 8月26日、オリヴァー・ストーンの映画『Natural Born Killers 』が公開されました。前述のとおり、Diamanda Galas による「I Put A Spell On You 」が使用され、サウンド・トラック『Natural Born Killer ( Interscope / WEA-Atlantic )』にもそれは収録されています。

1995 Mar.31

あの『X-Files 』の幕開け、「 Humbug 」の回に(と言っても、ワタクシ、X-Files にはじぇんじぇんキョーミが無かったもんでまるっきし観てないのよねー。だからまったく確認しちょりません) Screamin' Jay Hawkins の「Frenzy 」が使われておったそーな。

1995

5月 9日にリリースされた Elvis Costello の 16枚目のアルバム『Kojak Variety 』 Warner Bros. CD 9362-45903-2 に Screamin' Jay Hawkins のナンバー「Strange 」のカヴァーが収録されています。
ただ、Elvis Costello は 1991年あたりからツアーではすでに採り上げており、一部は海賊盤として市場に出まわっていたそうです。


1995

6月 9日封切の、Wayne Wang の映画『Smoke 』に Screamin' Jay Hawkins のあの迷曲「Hong Kong 」が使用されています。このサウンド・トラックには他に因縁のウェイツや Louis Prima も入っておりました。

1995

7月 7〜16日、Screamin' Jay Hawkins はフランスのニースで行われたNice Jazz Festival に出演しています。

1995

10月19日にリリースされた Marilyn Manson の CD、『Smells Like Children 』( Uni / Interscope )には Screamin' Jay Hawkins の「I Put A Spell On You 」も収録されていました(プロデュースは Nine Inch Nails の Trent Reznor )。
ただし同アルバムからは The Eurythmics のナンバー「Sweet Dreams 」が主にオン・エアされ、さほど注目を集めたワケでは無いようです。
しかし、1997年の David Lynch の映画『Lost Highway 』のサウンド・トラックに使用されました。


1996 Jun. 2

Chicago の Petrillo's Music Shell で行われていた第13回 Chicago Blues Festival は Screamin' Jay Hawkins のパフォーマンスで幕を閉じています。この時のステージ・セットにはお馴染みの棺桶ばかりか、「Constipation Blues 」のために、「ちゃんと」トイレまでが設けられていたそーですよ。
Ben E. King の「Stand By Me 」に始まって(おやおや、意外な選曲ざますねえ。ま、Ben E. King に対するイヤがらせかもしんないっすね。例の棺桶閉じ込められ事件の遺恨だったりして?)「I Put A Spell On You 」をはじめとする一連のエグいナンバーをデッカイ骨を振り回しながら怒涛のように繰り出すんですから、まともな(?)ブルース・ファンのみなさんは一体どんな目で見てたんでしょね?

1996 Jul. 5

今度はオーストリア(オーストラリアじゃないよん!ヨーロッパの方でっせ!)の Wiesen で行われた 20. Internationales Jazz Fest Wiesen '96 に出演しております。
また同年 8月上旬、フランスの Vallee de la Drome での Crest Vocal 96 festival にも出演。

1996 Nov.24

アメリカ ABC-TV の『Lois & Clark ( The New Adventures Of Superman )』シリーズの episode「 Ghosts 」でも Screamin' Jay Hawkins の「I Put ASpell On You 」が使われたそうですが、あいにく、ワタシゃあそのドラマが日本でも流れたのかどーかすら知らないんで、なにも言うこたぁおまへん。

1996

Christmas に The Dread Zeppelin のファン・クラブが会員限定で販売するために製作した CD『Ruins 』にはIT'S NOT UNUSUAL に収録されていたあの二曲、Screamin' Jay Hawkins がヴォーカルで参加している「Jungle Boogie 」と「Disco Inferno 」も収録されています。

1997 Jan.15

David Lynch 監督(そ、あの『Twin Peaks 』でんがな)の映画『Lost Highway ( http://movies.yahoo.com/shop?id=1800023131&d=hv&cf=info )』が公開されましたが、この映画では例の Marilyn Manson がカヴァーした「I Put A Spell On You 」が使われております。
そのサウンド・トラックのアルバム『 Lost Highway 』 Nothing Records-Interscope / MCA-Universal は同年 2月18日(ヴィデオは 2月21日?)に発売され、他に David Bowie や Lou Reed、 the Nine Inch Nails に Smashing Pumpkins も入っているようでございます。


1997

3月15日発売の、Massachusetts 州 Somerville のバンド、Slide のアルバム『Whipdang! 』 YNH には Screamin' Jay Hawkins の「あの」ナンバー「Voodoo Priestess 」をサンプリングしたものが使われているそうです。
また 5月27日にリリースされたロベン・フォードのインストのアルバム『Blues Connotation 』でも Screamin' Jay Hawkins の「I Put A Spell On You 」をカヴァー。


1997 Jul.

Tennessee 州 Memphis の Sam Phillips Recording Service( Sam Phillips についてはこちら)で、おフランスのインディ・レーベル Patrick Mathe の LAST CALL( http://www.lastcallrecords.com)のためにレコーディング。
[accompanists─ Roger Hawkins: drums/ David Hood: bass/ Frank Ash: guitar/ Jim Spake: sax/ East Memphis Slim: keyboards & percussion/ T-Bone Tommy Burroughs: violin/ Sam Shoop: bowed bass/ Bertram Brown: backing vocals/ William Brown & Kelley Hurt: background vocals/ Jim Dickinson: Producer]
収録曲は・・・
Listen / Because of you / Coulda', woulda', shoulda' / Petluck / You took me / Deceived / I'll be there / I played the fool / Shut your mouth when you sneeze / Life goes on / You want love / Make me happy / I shot the sheriff ( Bob Marley )
この時の録音は翌1998年にアルバム『At Last 』( Last Call / Valley Entertainment VE 15008-2 あるいは ROCK RCCY-1006 )として発売されています。

1997 Oct.31

TVシリーズ『Millennium 』の episode "The Curse Of Frank Black"で Screamin' Jay Hawkins のナンバー「Little Demon 」が繰り返し使われたそうでげす。ご存知の方おられますかな?
また11月16日に発表された Top Skater of the Year に選ばれた Michigan 州 Pontiac 出身の Elizabeth Punsalan と彼女の夫 Jerod Swallow はその演技の BGM として、しばしば Screamin' Jay Hawkins の「Little Demon 」や「I Put A Spell On You 」を使うことで知られています。

1997 Dec.18

Screamin' Jay Hawkins は恒例(?)の Washington D.C.の 9:30 Club に出演、相変わらずのパフォーマンスを繰り広げる。

1998

1月 7〜25日、53才になった Peggy Shaw は New York の Josie's Cabaret & Juce Joint でのソロ・パフォーマンスで Screamin' Jay Hawkins の「I Put A Spell On You 」を使用。

1998 Feb.

69才になった Screamin' Jay Hawkins は、僅か 29才のカメルーン出身の女性と「 9 度目(!)」の結婚。スゲ!歳の差、実に40!ですぜ。
ところで、どっかのサイトじゃ、彼は一度も結婚していない、とありましたがそれってなにを根拠に?

1998 Feb.26

(あ、カンケー無いけど、ワタクシのタンジョービってのが、19X8年 2月26日なのですじゃ。つまりこの日、ワタクシは「?十歳」の大台を迎えとったのですねえ)、New York の Sheraton Hotel では第 9 回 Rhythm & Blues Foundation dinner and awards ceremony が開かれ、ここで Screamin' Jay Hawkins は『 Pioneer Award 』に選出されたのでございました。
純白の燕尾服に身を包み、相変わらずヘンリーとともに登場した Screamin' Jay Hawkins はI Put A Spell On You を含むメドレーをこなしたそうでございます。

1998 Mar.29

Screamin' Jay Hawkins は Los Angeles の the Shrine Auditorium で行われた『Not in Our Name: Dead Men Walking The Concert 』に出演しています。
このコンサートで得られた収益は死刑廃止運動の運営資金となりました。
この年、前述の『At Last 』がリリースされています。この CD はフランスをはじめとしてなかなか好調な売れ行きだったようで第二版ではボーナス・トラックとして、ナイト・クラブでの実況録音(つーより、とあるテーブルに仕掛けといた盗聴マイクみたいな気がするけどね)が延々と続く(てな設定の?)「Cool Conversation 」が追加されています。また ROCK RCCY-1006 では「Frankly speaking ( instrumental ver.)」も追加されてるみたい。

1998 Apr.15
Live in Olympia

Paris の L'Olympia でのコンサートをライヴ・レコーディング。1999年にアルバム『Live 』 Last Call / Wagram 3052562 WAG 343 としてリリースされています。
[accompanists─ Frank Ash: guitar & backing vocals / Frederic Fall: bass/ Jose Babeu: drums/ Dider Marty: saxophone]
収録曲は・・・
I Feel Alright / Don't Love You No More / Pretty Girl's Everywhere( Eugene Chuch ) / I'm Lonely / Deceived / I Don't Know( Willie Mabon ) / I Want To Know / I'll Be There / Stand By Me( Leiber-Stroller-Ben.E.King ) / Bite It / Constipation Blues / What'd I Say( Ray Charles ) / Alligator Wine / I Put A Spell On You / Itty Bitty One( Bobby Day ) / Shout( the Isley Brothers・・・ って、それは作者か?CDのクレジットじゃそーなってるけどさあ) / Short / You Took Me / Please Don't Leave Me( Fats Domino ) / Goodnight Sweetheart( Campbell-Connelly-Noble )
となっていますが、少なくとも手持ちの Wagram 盤ではケツにまた『At Last 』と同じ「Frankly speaking ( -Frank Ash )」が付け加えられております。したがってそこだけは例の Sam Phillips Recording Service での録音で、[accompanists─ Frank Ash: guitar/ Screamin' Jay Hawkins: piano/ David Hood: bass/ Roger Hawkins: drums/ Jim Dickinson: Producer]となります。

1998 Jun. 9

The Creedence Clearwater Revival を「リヴァイヴァル」させたバンド、Creedence Clearwater Revisited のライヴ・アルバム(二枚組み CD)『Recollection ( MCA-FUEL 2000)』が発売されました。とーぜん「I Put A Spell On You 」も含まれております。

1998 Jun.14

スペインは Getxo(なんて読むんざましょ?スペイン語は判りまへんわ)で行われた第10回 Getxo ブルース祭─ X Festival de Blues de Getxo─に出演、「偉大なる Screamin' Jay Hawkins─アフロ・アメリカ系メキシカン(誰がメキシカンやねん?)」がトリを務めたそうでげす。
また 7月 5日にはフランス、Orleans(オルレアン。そ、察しのヨい方ならピンと来たことでしょうが、これがアメリカ南部のフランス系入植地の名前「 New Orleans 」のモトなのねん)で開催されたローカルなジャズ・フェスティヴァルで Bootsy Collins の替わりに(急に出演できなくなったのかなあ?そこら不明です)トリをとった。らしい・・・

1998 Sep. 8

コミック『Witchblade 』のサウンド・トラック CD『Songs Of The Witchblade 』 Dream Works Records / Geffen Records がリリース。その中に Screamin' Jay Hawkins の「I Put A Spell On You 」も収録されておりました。
ワタシは良く知らないのですが、Witchblade ってえコミックは六ヶ国語に翻訳され、52の国で発売されているんだそうですよ。アメリカン・コミックにはま〜ったくキョーミも理解も無いワタクシにはどーでもいーコトなんですが。

1998 Sep.15

キーボード奏者の Merl Saunders がリリースした1989年から1996年までのライヴを集めたアルバム、『Merl Saunders and His Funky Friends Live! 』 Sumertone Records 2193 には、「I Put A Spell On You 」のカヴァーが収録されております。

1998 Sep.29

M.I.L.Multimedia が Screamin' Jay Hawkins のコンピレーション CD、『She Put The Wammee On Me 』 M.I.L.Multimedia 6121 を発売。参考までに収録曲を・・・
Not Anymore / Please Try To Understand / Baptize Me In Wine / This Is All / ( She Put The) Wamee ( On Me) / Well I Tried / You're All Of My Life To Me / I Hear Voices / Talk About Me / Just Don't Care / The Whammy / Poor Folks / Your Kind Of Love / All Night / Monkberry Moon Delight / Sweet Ginny

1998 Nov. 6

Screamin' Jay Hawkins は Florida 州 Fort Lauderdale で行われた『Blues Festival At Riverwalk Times And Stages 』に名を連ね、ダウンタウンのサルーンで演奏しています。

1998 Nov.29

ドイツで封切された Alex de la Iglesia 監督(www.alexdelaiglesia.com/ ただしスペイン語)の映画『Perdita Durango 』には、Screamin' Jay Hawkins が Adolfo 役で出演してるそうです。

1998

12月16日発売の Baby Jane Dexter(www.citycabaret.com/BJDEXTER/Index.htm )のアルバム、『I Got Thunder 』 Cabaret 5006 で「I Put A Spell On You 」をカヴァー。

1999 Feb.28

Screamin' Jay Hawkins & The Chicken Hawks はスイス、Zurich の the Kaufleutensaal のコンサートに出演。この時のメンバーは先日のオランピアのとこと一緒です。

1999

11月、Screamin' Jay Hawkins のパリ、オランピア劇場での録音、『Live 』 Loudsprecher / Indigo がリリースされました。

2000 Feb.12
He's gone forever...

Screamin' Jay Hawkins 死す

フランスのパリに近い Neuilly-sur-Seine で、70歳でした。the Associated Press によれば、彼は週の始めに Ambroise Pave Clinic で動脈瘤を除去する手術を受けたのですが、術後、多臓器不全によって容態が悪化していたものです。
「ワシが死んだからって埋葬すんのはカンベンしてくれ。棺桶に入るのはもうイヤってえくらいやってるんだからな」

いやはや、さすが Screamin' Jay Hawkins・・・


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